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「800字文学館」

二十年越しの不老不死温泉

内藤 真理子

 十和田湖に泊まった翌日、ホテルの受付で地図をもらい行程を考えた。予定なし行き当たりばったりのドライブ旅行である。ただし、泊まるところは日本海に面した象潟に決めている。
 不老不死温泉に立ち寄れるかもしれない。地図では十和田湖から小坂に出て、白神山地を突っ切って深浦に行く道路がある。宿の人は「山の中の悪路ですよ」と言うが、山道は望むところ。世界遺産の中を突っ切って行かれるなんて…と心が躍った。だが、途中で道路が寸断されていて回り道をし、予定より二時間遅れで到着した。
 象潟までは一五〇キロ以上ある。夫は宿に着く時間が遅れるからと気乗りしない様子。私は是非寄りたい。
 二十年前の東北旅行の時、行く前に地図を見ていたら一点に不老不死温泉とあった。私は漠然と、海の中の海水と混じったような温泉で、近隣の人がタオル一本もって、気楽に坂道を下りて行くような所なのだろうと想像していた。  夫にそう言うと「そんなひなびた所じゃないよ、波打際のひょうたん型の湯船につかりながら見る夕日がきれいだと話題を呼んでいる人気の温泉なのだ」と言い「昼間からそんな所に…」とますます渋る。
 だが、この機を逃したら、もう来ることはないだろうと私はねばり、立ち寄ることにした。
 内湯でシャワーを浴び、衣服を着て露天風呂に行く出口で待っていても夫は来ない。その内、風呂を済ませて向こうからやって来るではないか。待っていた私は怒りながら慌てて露天の女湯に行った。
 海を前に、植木鉢を大きくしたような丸い素焼の風呂桶が砂の上にあり、そこに土色の湯が充たされている。
「海の一郭は見晴らせるものの、何の変哲もなく、ひなびた所でもない景色でかっかりした」と夫にブーブー言った。

 家に帰ってから新聞に載った宣伝であたかも海に浮かんでいるようなひょうたん型の不老不死温泉の写真が出ているのを見て「混浴はこんな感じだったの」と聞くと、夫は「そうだよ」と言ってばつが悪そうな顔をした。

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