中国、四川省を行く
成都から九寨溝や黄龍の世界遺産がある地域まで、一日がかりのバスの旅だった。
バスは峻嶮な岩肌が迫る岷江沿いの曲がりくねった道を走る。揚子江の支流の中では最も水量が多いという岷江の流れは速い。
この道は茶馬古道といわれている。唐の時代以来、雲南省のお茶とチベットの馬を交換する商人が行き交うルートだった。チベット人はバター茶を飲むのでお茶は欠かせない。一方雲南省の人びとにとって戦闘力の高いチベットの馬は貴重品だった。
バスが走る対岸の崖っぷちに、馬一頭通るのがやっとの細い道が残っていた。
やがて汶川(ぶんせん)というところに入った。ここはチャン族という少数民族の自治州である。チャン族は、小さな石を積み上げる独特の建築技術、カラフルな刺繍の民族衣装、哀調を帯びた竹の横笛を奏するなど独自の文化をもっているとの説明があった。
そして2009年四川省を襲った大地震の震源地がこの汶川だったのだ。地震は約9万人の命を奪ったが被災者の多くがチャン族だったらしい。30万人たらずのチャン族はまさに壊滅的な被害をこうむったのである。
しかし6年たった今、バスの車窓から見えるのは真新しい瀟洒な建物が立ち並ぶ風景だった。寸断された観光道路も各所にトンネルが新設されて復旧している。ガイド嬢が、死んだ者以外は地震前より良くなったねと声をひそめて言った。そして街道沿いに立ち並ぶ土産物屋では、民族衣装を着たチャン族の女達が愛きょうを振りまいていた。
四川大地震の復興策は、単なる災害復興にとどまらずチャン族の保護と復活を目的として国家的文化政策として進められたといわれる。少数民族対策の姿勢を内外に示すことは中国政府にとって重要なのだろう。
チャン族の地区を抜けると、チベット仏教の寺院が目につくようになる。九寨溝はチベット族の住む村にあるのだ。バスは夕方到着したが、山あいの村は観光客でごった返していた。
観光は少数民族が生きていくための大切な産業であることがわかった。