作品の閲覧

「800字文学館」

社員食堂 SODEXO

志村 良知

 アルザスの赴任先は従業員の多い機器組立工場に付随していたので、昼食専用の食堂が二か所あった。どちらもSODEXOと言うフランスの大手ケータリング会社の営業で、メニューも同じだったが、味が違うと言って数百メートルを歩いて贔屓の方に行く者もいた。

 メニューは日替わりの一品とサラダバーで、輪切りのバゲットは食べ放題。水道水以外の飲み物は別売で、ノンアルコールビールはあったがワインは無かった。
 定食の他に網焼きステーキが毎日選択できた。日本人はこれを「ステーキに逃げる」と称した。というのも、日替わり一品にはかなり手強いものがあったからである。半分切りの大きなカマンベールチーズを揚げたカマンベール・フリットは、そのチーズの量が日本人の常識外であるし、アルザスの郷土料理のシュークルート(茹でたハムやソーセージに大量のすっぱい醗酵キャベツ)は勿論、ラパン(うさぎ)やピジョンの料理も定番だった。私は食に先鋭的なので、何でも食べたが、へたれ連中はこれは無理という時ステーキに逃げるのであった。

 月に二回位、日本食の日があり、メニューはカレーかかつ丼だった。しかしこれらは似て非なるもので、日本人は仁義としてステーキに逃げなかったが、故郷を想う逸品ではなかった。まずご飯、なまじジャポニカ米だったがご飯を炊くという思想も設備もないので、固めのお粥のようなものであった。カレーもかつ丼も、味や食感において何か足りなかったり、余計だったりする上、必ず木耳が入っていた。
 これを聞いたある駐在員の奥さんがウチの奥さんを誘って、SODEXOの日本食改善と、パンにも合うポテト・コロッケを提案したことがある。シェフは快く迎えてくれ、日本風レシピでの調理について一緒に試作しながら熱心に話し合ってくれたそうである。しかし、コロッケは二回位出ただけで消え、日本食のメニューは、元の固めのお粥に木耳入りのカレーかかつ丼に戻っていった。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧