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「800字文学館」

勧誘すべきかどうか!

平尾 富男

 その女(ひと)とは最近ひょっとした機会から知己を得た。その身の上について余り詳しいことは未だ聞かされていないが、大阪で独り暮らしをしている息子さんが居ること、ご主人とは十年以上前に離婚していることは分かっている。フルート演奏が趣味で、今年になって素人オーケストラに勧誘されて楽団員になったとも聞かされた。
 その女(ひと)に、クラブの同人誌『悠遊』第二十二号を謹呈したら、早速メールが届いた。
 ――冊子、ざっと読ませて頂きました。私も大の活字好きで、小学生の頃からモーパッサン、ゾラ、ジッドやヘッセなどの文学を読みあさっていたくらいなので、楽しませて頂きました。率直に感想を言わせて頂ければ、やはり一行目でグッと注意をひき、その人独特の体験が情景豊かに語られて、思わず読み手の感情が揺り動かされる、という文章はうまいな、と思わせますね。その意味で『学生服』という文章は最初の問いかけのインパクトもあり、母親との会話のくだりはドラマのように印象的で泣けました。あなたの文章は明るい性格が垣間見える感じで楽しいですね。こうして皆さんが思い思いに文章を書かれて発表をする場があるのは良いことですね。頑張って下さい(^^)――
 最後の(^^)印はご愛敬だが、「大の活字好き」の証拠は、第二十二号の中から、我がクラブの名文家の一人、H氏の作品を「うまい」と評価したことだ。文章に対しての目利きが出来ていることが良く分かる。「あなたの文章云々」は付けたりだ。当然我がペンクラブの会員にお誘いすべきだろう。「入会申込書」を送って、そこに書き込まれた内容を見ればその女(ひと)のことはもっとよく分かるに違いない。
 その女(ひと)の家も我が家と同じ私鉄沿線。代々木での会合の後は一緒に帰って来られるではないか。だが、ふと心配になる。百戦錬磨のクラブの男性会員の面々、特に同じ沿線に住むHさんの顔が浮かんできてしまった。
 勧誘の決心は未だに付いていない。

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