北の丸公園
真夏の散歩は早朝にかぎる。日が明けるや自宅を出て、けやき並木の防衛省前の大通りを市ヶ谷見附へ。街は未だ覚めやらず、人や車も疎ら。外濠土手を進み、牛込見附手前で折れ、坂を上る。靖国神社境内には開門前にも拘らず参拝者が三々五々と集っている。
九段坂上より千鳥ヶ淵遊歩道に入る。左に内濠、右は戦没者墓苑など。花見時には身動きも取れない人出となる名所だが、今は出会う人も殆どいない。代官町通りへ曲ると、そこは皇居一周のマラソンコース。老若男女が次々と走って来る。皇宮警察官が高い監視台から静かに見守っている。
乾門前より北の丸公園に入る。凛とした風格をもつ庭園で、池畔や広い樹林に遊歩道が縦横に走る。日本武道館や科学技術館も園内に建つ。
普段は四季折々の風情に浸りつつ逍遥し、清水門か田安門から爽やかな気分で帰途につくのだが、今朝は昨夜テレビで見た映画のシーンが頭の奥に重く圧し掛かる。
「日本のいちばん長い日」と題する五十年前制作のドキュメンタリー風の映画である。同名同題材の新作も上映中だが、旧作では、三船敏郎、山村聡、笠智衆、志村喬といった懐かしい男優たちに出会った。彼らが戦争体験者だったせいだろう、演技が真に迫っている。
終戦日前日から玉音放送までの一日間に、今まさに私が立っている場所を中心にして、陸軍青年将校がクーデター未遂事件を起こす。此処は公園でなく、近衛師団の駐屯地だった。
皇居寄りの公園の一角に建つレンガ造りの工芸館が往時の近衛師団司令部である。その室内で戦争継続と国土決戦を叫ぶ畑中少佐たちが近衛師団長を殺害し、偽の命令書で近衛師団兵を動員する。乾門から皇居内に突入し、玉音放送の録音盤を奪取しようとしたが、失敗し自決する。
彼らは彼らなりに国家の為と思い、狭量な料簡で無謀な無法行為に走った。銃口を外敵でなく、身内に向けた。なぜか彼らの行為に安倍政権の憲法軽視の独善的な性急さが重なるのである。