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「800字文学館」

江戸朝顔観察日記

志村 良知

 義兄に朝顔の種を貰った。彼は佐倉歴史民族博物館の植物園に通って、歴史や栽培の勉強をしている。博物館由来の江戸趣味の朝顔の種約10種類と丁寧な育て方マニュアルを渡された。

 5月21日、種まき。マニュアルには苗床を作って、とあったが「ま、いいか」と爪切りで端を切って一晩水に浸けた種をプランターに直播する。
 5月28日、芽が一つ出た。
 6月7日、全品種の芽が出そろった。発芽にも成長度合いにも大きな差がある。早いものは「これは支柱が要るな」という程度に成長している。
 6月23日、本格的な支柱を立て、蔓を誘引し始めた。葉っぱはどれも縮れたり、深い切れ込みがあったり、斑入りだったりの癖物揃い、花にもどんな癖物が、と期待が膨らむ。
 7月31日、マンションのベランダの中途半端な日当りのせいか、蔓は獰猛に伸びる。しかし、よその朝顔はきれいに咲いているのに、ウチのは咲く気配もない。明日から旅だ。乾燥が心配、木片チップを敷き詰め水をたっぷりやる。
 8月8日、長い旅から帰宅。折からの記録的な猛暑に枯死してないかと出先で気を揉んだが、皆健気に生き延びていたのみならず、花芽らしき物も幾つか付けていた。
 8月10日、ピンクの小ぶりの花がひとつ咲いた。
 8月29日、10を越え、11を数えた。
 期待通り花は変化に富み、これが朝顔かと嘆声が漏れる複雑な形や色合いの花に「今朝はどんな」と起きるのが楽しみになった。

   朝顔の遺伝子に乗り江戸の風

 9月4日、一気に30を越えた。
 9月6日、43咲いた。
 天気が悪いせいか、季節のせいか、これをピークに花の数が減り始め、形も小さくなっていった。
 9月19日、快晴の朝、花は咲いていなかった。その後は散発的に咲きはするが侘びしさが漂う。

 数日の留守で葉がしおれる。8階のベランダの風に煽られる姿も痛々しい。ちょっと油断する芋虫も付く。しかし、花の姿にそれもみんな忘れる。来年は我が家での二代目が咲くだろう。

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