将軍と鯨
「今日(五月十七日)はノルウエイの建国記念日なのです。通常の店は閉まっているので」とガイドが案内したのはオスロのとある日本料理店だった。
もう三十年も昔のことである。
飲み物は大関の冷酒。お任せのコース料理の突出しは大量のサラダと玉葱たっぷりの南蛮漬けだ。竜田揚げ、串焼き、肉ジャガと続き、メインの肉厚ステーキは驚く程柔らかくジューシーだった。
最後に赤身の握り寿司と鯨汁。供された全ての鯨肉には、子供の頃刷り込まれたあの臭みは全くない。
途中箸休めにと、スライスしたベーコンとアクアビットという酒精分四十度の透明な蒸留酒がでてきた。生命の水という意味で、ジャガイモから醸造する。ロシアのウオッカ、ドイツのシュニッツも同じ仲間だそうだ。スコッチウイスキーは大麦から造るが、旧名はオードヴィ(生命の水)、同じ意味だ。
話好きな亭主によると,ここは「侍」という店名で始めたが、昨年「将軍」に昇格させた由。続いてクジラ談議がはじまった。
現在捕鯨国はアイスランド、デンマーク、インドネシア、ノルウエイ、露、日中韓の七ケ国だけです。鯨油を取っていた他の国は経済的な理由で撤退し一転、反捕鯨国になりました。
彼らの主張は①クジラ絶滅の危惧 ②食糧にする正当な理由がない ③捕鯨は残酷というもので、多分にエモーショナルな理由なんです。
クジラは増えているし、捕鯨量は全体の1%にしか過ぎない。今の技術では、クジラはモリを打たれてから2分以内で絶命するから残酷とは言えない。彼らだってカンガルーや牛豚を食っているくせに勝手な言い分ですよ。
実のところ、反対国の国民の大半は無関心で、反捕鯨の活動家だけが商売でやっているようなものなんです。
ノルウエイも捕鯨国なんですが国民の主な蛋白源は牛とタラで、獲れたクジラの大半は日本へ輸出しています。
さあ、サービスするからもっと食べて下さいよ。
翌朝、我々一行はクジラのげっぷを連発しながら、ゾグネフィヨルドに向かった。