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「800字文学館」

時香忘(じこぼう)

大越 浩平

 蓼科高原にある、I氏とN氏の山荘に仲間達とお邪魔した、いや押しかけた。後期高齢者が八割の集まりだ。i氏の庭にこの時期、時香忘が自生しているのを知っていた.時香忘は、りこぼう、はないぐち、いぐち、らくよう等、地方により呼び名が変わる。傘は落葉色で裏は淡黄色、スポンジのような管孔状で分厚く唐松の樹下に生える。似た毒キノコは無いので、素人でもかなり安全に採取出来る。原木栽培や菌床栽培は出来ず、天然の季節の恵みだ

 皆で茸狩りだ、I氏が雑木林を自分用に切り開いた獣道ならぬ散歩道を探査する。初心者も一度見つけるとアドレナリン・ドーパミンが噴出して、あっちらこっち元気一杯探しまくる、大収穫。

 具だくさん茸汁作るぞ! 豚汁仕立てだ」。豚こま、里芋、ごぼう、人参、長ねぎ、豆腐、蒟蒻、生姜等調達。食卓は全員で用意する。早々に食器洗いを宣言する人、食卓の整備、里芋の皮むき等役割が決まる。この事は女房に言わないでくれ、家では何もやらないのでと懇願する人もいた。

 採った茸は塩水にさらし、虫を出しゴミを取りアク抜きする。大鍋にオリーブ油を入れ、豚こま、生姜、塩少々で炒める。焼き色がついたら水を入れ、昆布茶、コンソメに日本酒を加え、里芋、ごぼう、人参、蒟蒻を入れて煮る。しっかりアクを取り、根菜が軟らかくなったら、茸を入れ、茸のだしがでてとろみが出てきたら、豆腐と香り付けの味噌を入れる。味加減は塩と醤油で薄味に調え、沸騰寸前で火を止める。とろとろの汁に得も言われぬ土の香り、ぬめっとした歯ごたえある茸、舌でとろけそうな里芋、味噌とごぼうの香りが全体を引き締める。

 さあ食宴だ。酒は、甲州ブドウ種、葡萄酒一升瓶、17年シングルモルト、特別本醸造に純米、地元醸造の赤・白ワイン、ビールは秋映え。皆、がんがん飲んで食らい会話がはずむ。

 満月直前の輝きが食卓テラスに注ぎ、しんしんと冷え込み、覚醒されて更に酒が進む。

 ああ、この年寄り達に認知症は遠い。

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