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「800字文学館」

白川郷の合掌造りとどぶろく

大月 和彦

 先日、白川郷を訪ね合掌造りのK家を見学した。山に囲まれた狭い地に形成されたこの集落は、急勾配で切妻型の屋根を持つ大家屋、大家族制、結いの習慣などの特異性が評価され世界遺産に登録された。

 江戸後期に造られた家屋の内部は採光が悪く薄暗い。一階は広い板の間で大きな囲炉裏が切られ、天井、部屋を仕切る板戸、使いこまれた家具などが煤で黒く光っている。
 急な階段を上ると、茅が剥き出しになった屋根裏の空間は三層になっている。各層の床には換気のため簀の子が敷いてあり、農具や民具などが展示され当時の生活の様子を伝えている。
 この空間が、かつては蚕が飼われ、同時に大勢の家族の寝起きする場所だった。

 白川郷の大家族制は、限られた耕地の細分化を防いで農業を営むための知恵として生まれた。
 長子相続制で家長が強大な権限を持っていた。分家は許されず、次男三男以下の男は正式な結婚が認められなかった。内縁関係の妻にできた子は妻の実家で養育される慣習で一つの家族員が30人を超える場合もあった。大正末まで続いていた。

 明治末に白川郷を訪れた柳田国男は「唯此村々の慣習法はあまりに厳粛にて、戸主の外の男子はすべて子を持つことを許されず。…狭き谷の底にて娶らぬ男と嫁がぬ女と、相呼ばひ静かに遊ぶ態は、極めてクラシックなりと言ふべきか。
 首を回らせば世相悉く世絆なり。淋しいとか退屈とか不自由とか云ふ語は、平野人の定義皆誤れり。」とこの慣習を冷徹に観察し、厳しい眼差し当てている。
 観光客で賑わう世界遺産の蔭に悲話があった。

 どぶろくが飲めると聞き、集落の端にある白川八幡神社へ行った。
 古くから濁酒の醸造が許され、冬に仕込んだのを秋に神酒としてふるまわれるという。
 境内の「どぶろく祭の館」で入場料を払う。女性職員が切立てという堤銚子から朱の盃に白い泡が立つどぶろくを注いでくれる。ほのかな馥郁とした香り、口に含むと酸味があるが甘い。家内の分も飲み干し、お代りを頼むと気持ちよく注いでくれた。

(15・10・21)

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