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「800字文学館」

お巡りさんに連れてかれるよ!

三春

 いつもの散歩道。幼児の手をぐいぐいと引いている女性が向こうからやってきた。距離が縮まるにつれ、幼児と母親の会話が聞こえてくる。子供は何かをねだってグズグズと聞きわけがない。母親がヒステリックに叫んだ。

「そんな悪い子はお巡りさんに連れてかれるよ!」

 子供は火がついたように泣きだした。それにしてもこのセリフ、聞くのは何十年ぶりだろう、まだ生きていたか……、場違いなノスタルジーに浸ったのも束の間、怒りがふつふつと湧きだす。子供を脅しても何も解決しないばかりか、泣き声がますます大きくなるだけだ。しかもお上に対する媚びへつらいや盲目的恐怖を植え付けているようなもので、子供の精神構造に好ましからぬ影響を及ぼすだろう。私の母は高等教育も受けていないし優しくもなかったが、お仕置きで物置に閉じ込めることはあっても、この種の脅しは一度もなかった。

 もっとも、この場合の「お巡りさん」は「なまはげ」の鬼に近い。包丁を手にした恐ろしい形相の鬼たちは迫力がありすぎる。たまたま幼いころにそれを見た私は夢でうなされ、トラウマになりそうだった。何も知らない幼児が恐怖におののく姿に大人たちが笑い転げるなんて悪趣味だ。しかし今と昔では意味合いが違う。昔の農村では子供も重要な働き手だ。親の言うことをきかない怠け者は家計に直結する。そしてこれは、長く厳しい冬をしのぐための数少ない娯楽でもあった。

「お巡りさん」で思い出すのは職務質問である。
 高校時代に新品の自転車を盗まれた。すると父が、誰も盗みたくないような中古のオンボロ自転車を買ってきた。あまりにみすぼらしいので黄色いペンキを塗って変身させたら、自転車泥棒と間違えられて職務質問を受ける羽目に。盗むならもっと素敵な自転車を選ぶ、と答えたのがまずかったのか、しつこく追及された。

 もしも再びあの子供に出会うことがあったら、「お巡りさんは怖くない、コワイのは君のお母さんだよ」と教えてやりたいものだ。

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