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「800字文学館」

「知っていたわよ」

内藤 真理子

 玉川上水沿いの遊歩道を歩いていたら、前方から大柄なヘルメット姿の女性が歩いてきて「こんにちは」と挨拶をした。近辺は上水を挟んで両側に五十メートル道路を造る計画があり、作業員が大勢行き来しているが女性の作業員には初めて会った。
「こんにちは」と私が挨拶を返すと、彼女は前歯の抜けた口をほころばせて
「いまそこで、コゲラに会いました」と嬉しそうに言う。
 コゲラってなんだろう、頭の中で?マークが点滅する。
「白と黒の縞模様があって可愛かったですよ」ますますわからない。
「はぁー、どのくらいの大きさですか」探りを入れる。すると彼女は怪訝な顔をしながらも、大きな掌を合わせ、チューリップのような形を作り、いとおしそうに「このくらい」と言った。
 小動物かも知れない、そう思って「では、私も探してみますね」と、行き過ぎようとすると
「飛んでいくから、見つかるかどうかわかりませんよ」
「エッ、飛ぶのですか?」ムササビの様なものを想像して驚いて聞いた。
「あんた、コゲラを知らねえのけ」、突然方言になる。
「ええ、知りませんでした」正直に言うと、
「コゲラを知らねえ人がいるんだね」と露骨に軽蔑。気を取り直したように
「キツツキのように木を叩くんだよ、北海道には沢山いるよ」私はすっかり舞い上がってしまい、りすが木の枝に駆け登り木肌を前足で引っ掻いていている映像が頭の中に広がった。そして
「キツツキってリスの仲間かしら」と、口走ってしまった。
「えー、キツツキも知らねえのけ」
 しまった、キツツキは鳥じゃない!と思ったが、今更「知っていたわよ」とも言えず、黙ってしまった。すると彼女は憐れむように
「あんた、近所に住んでいるんだろう、散歩するときによく見ると、色んな鳥に会えるよ」

 コゲラはキツツキ目キツツキ科に分類される鳥類で、日本全国に生息している。北海道にいるのはエゾコゲラで、南千島に多く分布する、とあった。
 彼女の故郷は南千島なのだろうか?

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