捨てられない古い本
来春福岡へ移り住むため、本の整理をしている。福岡の今度住むマンションは、収納場所が少ない。そこで、嵩のはる本をかなり処分しなければいけない。ところが、本を眺めていると読んだ時のことどもを思い出し、ふと手が止まってページを繰ったりする。なかなか進まない。
昨日は、『スポーツと冒険物語』で一休みした。この本は、昭和11年、新潮社から「日本小国民文庫」シリーズの一册として発行されたものである。このシリーズは、山本有三が中心となって少年少女向けに編集された、いわば教養の書といっていいだろう。私の兄たちが愛読したそうだ。我家にはシリーズ16巻のうち、前書と、『心に太陽を持て』『君たちはどう生きるか』『世界名作選(一)』『日本名作選』の5册があった。今私が持っているのは前書の一冊だけである。
私は、戦後の本のない時代、兄たちの読んだ本をこのシリーズを含め繰り返し読んだものだった。
更にもっと古い本もある。昭和五年改造社「世界大衆文学全集」のシェンキーヴィッチ『クオ・ヴァジス』(直木三十五訳)である。この本は四国・善通寺の小学校の頃友人が貸してくれ、難しいのを苦労して読んだ。神田で同じ古本を見つけたので思わず買ったのだった。
昭和5年ものでは平凡社「世界探偵小説全集」のチェスタートン『ブラウン奇譚』も出てきた。これも訳者が直木三十五(注1)である。直木は小説で身を立てる前は翻訳で飯を食っていたのだろうか。これは一時期チェスタートンのブラウン紳士ものに凝っていたことがあり、古本屋で見つけた。
大正の末から昭和5年頃にかけて、いわゆる円本時代(注2)があり、世界や日本の名作全集が大当たりしたという。私も、祖父が持っていたのでいくつか覗いたものだった。
円本時代の名残ともいえる上記三冊は、やはり捨てられそうにない。こうして、本を眺めるだけで時間ばかりが経っていく。引越しは果たしてちゃんとできるのかだんだん心配になってきた。
注1 直木三十五は早稲田高等師範部英語科中退。
注2 大正時代末期の月給取り、初任給が6、70円か。
(平成27年11月26日)