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「800字文学館」

怪我の功名

濱田 優(ゆたか)

 この九月の末、警察署から封書が届いた。
 電話やハガキでないのは、家人にも内密ということだろう。
 不安顔の家人の視線を背に、自分の部屋に戻って開封した。
「貴方の物と思われる遺失物が届いている」という知らせだった。
 心当たりがある。三日前、区のプレミアム付商品券と文庫本を入れたベネトンの小さなバッグを落としたのだ。
 翌日気付くと、いつも行く食品スーパーに走った。が、そこには無かった。商品券は無記名の金券だから拾った人が持ち去ったのだろう。
 失くした商品券は一万五千円ほどで年金生活者には痛いけれど、プレミアムの範囲内だから元金まで損をしたわけではいない。これがもしクレジットカードやキャッシュカードなら各社に電話して機能を止めるのが煩わしいし、使われるリスクもある。そう自分に言い聞かせて諦めた。
 そんな状況のなか、警察からの知らせは嬉しい――。が、疑問がわく。どうしてバッグの持主が私だと分かったのだろう。私の名前や連絡先は分からないはずなのに。商品券を受取るときにナンバーを書き留めた表に受領印を押したが、まさか、そこから私を割り出したのではあるまい。何だか薄気味悪い。
 続いて読んだ手紙の二枚目にバッグの中身が書いてあった。商品券、文庫本、そして保険証。保険証? まさかと思いつつ、抽斗を確かめると、そこには無かった。
 前にそれを使った後、バッグの中のポケットに入れたまま忘れていたのだ。それで、警察は私の住所が分かったのだから怪我の功名といえる。この間もし、保険証が必要なことが起きたら大慌てするところだった。
 すぐ警察署に行き、遺失物一式を受取った。そこで、お礼のために拾得者を聞くと、私の思い込みとは異なるスーパーの店員で、お礼は不要という。
 本件、結果オーライで、保険証も商品券も無事に戻ったけれど、落し場所を誤ったり、大事なものを仕舞い忘れたり、危ういことが多くて喜んでばかりはいられない。
 心配症の家人にはただ朗報だけを伝えておこう。

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