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「800字文学館」

皇居乾通り開放

安藤 晃二

 紅葉の時期皇居の乾通りを一般開放する。しかし、私には縁遠い事の様に思えた。
 十二月の日曜日、新聞を見ながら妻が言う。「今日、皇居に行きましょうよ」。冗談ではない、あの航空写真の意味を理解しているのか耳を疑う。「人が行く日に行きたいの」、と妻。協議の結果、翌日実行の妥協案で決着した。

 東京駅で中央口に下りる。「南口へどうぞ」、手回しが良い。勝手知った丸の内を抜けて、御堀端へ、皇居はもう眼前だ。盛りの銀杏並木の道で、馬上凛々しい婦警が深紅のユニフォーム姿で、栗毛の馬を駆ってギャロップする。カメラが集中し、皆浮き浮き気分になる。月曜日で良かった。更に皇居前広場に出た瞬間、唖然とした。長蛇の列が丸の内のビル群と日比谷公園を左に、桜田門の辺りまで連なっている。そこでコの字形に折り返し二重橋の御濠端を左に見ながら坂下門に誘導される。一時ストップが何度もあり、グループ毎に検問所に送られ、手荷物、ボディチェックを経て、目的地乾通を歩くことになる。

 江戸城に残された風情のある坂下門の櫓を仰ぎ見ならら入る。航空写真の人波にも拘わらず、樹木を楽しむ余裕は十分だ。ひと際感動を覚えるこんもりとした、二三十メートルもの高木の紅葉が随所に目立ち、巨木の迫力を感じる。トウカエデ(唐楓)とある。下部に残る緑から段々に黄色、橙色と上に向かう、得も言われぬグラデーション。上り詰めた頂点の朱色に目をやると、その先の冬青空に出会う。この木の豪快さが心を洗ってくれる。

 期待に違わぬ真っ赤な紅葉も、庭園の起伏を飾り松の緑が引き立てる。「道灌濠」に遭遇する。築城当時からの、野趣豊な紅葉の錦と水に感慨を覚える。

 気が付けば「乾門」の終点が眼前にあった。やれやれと感じながらも不思議な爽快感と満足感が残った。警視庁の周到な迂回誘導のお蔭か、いや、やはり、あの愛すべき「唐楓」との出会い故であった。「今日は日曜日より入場者が多かったそうよ」。回りで声がする。

(平成二十七年十二月十日 何でも書こう会)

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