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「800字文学館」

夜の渋谷に想う

安藤 晃二

 夜の渋谷、友人に誘われてハローウイン見物にでかけた。ハローウインナイトの前日が幸いして、絶好のシャッターチャンスを楽しむことができた。髑髏のゴースト達から、アラビアの美女、修道女、これぞ本物と見紛う、世界のマリリンモンローまで、センター街をねり歩く。日本で言えばお盆、霊が戻って来る日とされた、アイルランドにルーツを持つ行事である。元々はカブに面を彫ったものが、アメリカではより扱いが容易なカボチャのお化けに変遷した。子供達が「トリック・オア・トリート」と家々を回る、死者を記念するオールセインツ・デイの前夜に当たる。物まねが好きで、ここまで華やかなお祭りに仕立てあげる日本人とは、一体何者であろうか。クリスマス然りである。

 一九六九年の二月十三日、大雪の翌日、赴任したニューヨークオフィス初出社。レキシントンアヴェニューの地下鉄駅を出る。眼前に広がる、マンハッタンの抜けるような青空と頬を刺す寒さ、それを背景に、朝日を受けて銀色が聳えるクライスラービルの美しさは強烈であった。

 ミッドタウンのパークアヴェニュー(高層ビルのひしめくビジネス街)にあるオフィスに入室した途端、数名の若い女性軍、セクレタリー達に取囲まれた。「ウエルカム、誕生日はいつ」「明日ですよ」と私。「ワーオ、ヴァレンタインボーイ」「えっ、何のことですか」当時の日本人の知識では何のことか、はかり難いことであった。
 翌日のニューヨークタイムズを開くや、何と何面にも渡り、小枠の何百もの個人広告がびっしり、セント・ヴァレンタインズデイは「君を心から愛している」夫から妻へ、恋人の女性へ、男から女への「愛」を公然と知らしめる、「愛の日」なのだ。その状況は現在でも変わらない。最近のこと、「日本では意中の男性に女性がチョコレートをプレセントする日」だとアメリカ人に説明すると、何とも不思議な顔をされた。もうホワイトデイに触れる気にはなれなかった。

(平成二十七年十一月五日 何でも書こう会)

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