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「800字文学館」

トルコとの絆

野瀬 隆平

 スクリーンに懐かしい人の顔が映し出されていた。といっても、映画に登場したのは本人ではなく、その役を演ずる「そっくりさん」の俳優である。

 初めてその人に会ったのは、今から40年以上も前のこと。サラリーマン駆け出しの頃、勤めていた会社のあるプロジェクトを推進するため、長期間トルコの首都アンカラに滞在していた。トルコ政府の要請によりイスタンブールの近くにJVで造船所を作るというもの。トルコ政府との交渉窓口は、国家計画庁で、その長官がオザールさんだった。ふっくらした丸顔に眼鏡をかけた様は、田舎の村長さんという風貌で、朴訥とした話しぶりの好人物だった。

 日本とトルコの合作映画、『海難1890』が上映中である。1890年、明治天皇に表敬のためトルコ海軍のエルトゥールル号船が、はるばると日本にやって来た。その帰りに串本沖で台風に会い遭難、500名を超える死者を出すという悲劇に見舞われた。現場に近い貧しい村の漁民たちが、献身的に救助作業をし、乗組員69名の命を救ったのである。
 それから100年近く経った1985年、イラン・イラク戦争の時に、テヘランに取り残された日本人、216名を救出したのが、トルコが派遣した飛行機だった。自国民がまだ多く残っていたにも拘わらず、優先的に日本人を助けるために救援機を出す決断をしてくれた人こそ、首相になっていたオザールさんである。海難事故の時の恩に報いてくれたのだ。

 この美談を皆に知ってもらいたいと、かねがね思っていたが、映画のお蔭で多くの日本人が知ることとなったのは大変うれしい。
 オザールさんは、首相を務めたあと大統領にもなり、トルコの発展に大いに尽くすと共に、日本との絆を更に強いものとするのに寄与された。

 エルトゥールル号が遭難した串本には、慰霊碑とトルコ記念館が建てられており、乗組員の遺品などが展示されている。まだ訪れる機会が無かったが、来年は是非行って見たいと思っている。

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