ムジナについて 再考—ふるき友の筑紫へ下るとて そのわかれに書ける詞—
ウィキペデイアは、ムジナはアナグマのことだという。また、キツネやタヌキと混同しているのであって、実在の動物ではないともいっている。
だが、ムジナはむかし江戸にもたくさん棲んでいて、人々には馴染みの深い生き物だった。ラフカデイオ・ハーンは「怪談」のなかに、人から聞いた話だとして、闇夜に家路を急ぐ商人が、赤坂の紀伊国坂でムジナに化かされた話を載せている。また、江戸中期に編纂された百科全書「和漢三才図絵」にも、ムジナについては図入りの説明がある。さらに、各地の民話には、タヌキやキツネと同様に、ムジナが人を化かした話が数多くあり、枚挙にいとまがない。
これらを見るかぎり、ムジナは実在の動物であって、人を化かす他には悪さはせず、人々の近くでひっそりと暮らす、私たちの仲間なのだ。
ところが、明治のご一新以降文明開化が進み、電気灯が普及して、人々の生活の場から夜の闇が追放されてしまった。それで、ムジナは人を化かして遊ぶ場所を失ったのだろう。以来、ムジナを見たとか、ムジナに化かされたという話は聞かなくなってしまった。
それが、21世紀に入って、ようやく新しい環境に適応する進化を遂げたようで、このところ東京にムジナが出没すると噂されている。さすがに不夜城のごとく夜も光が氾濫する銀座や新宿、ハーンの話の主人公が化かされた赤坂には出づらいようで、夜がかなり暗くなる代々木の森近くに出るというのだ。
どうもこの話は本当らしい。現に友人のひとりが「見た」、さらには「いるところを知っている」という。
さっそく、私はその友人とムジナを見に出かけて行った。だが、残念なことに、そこでは会うことはできなかった。代わりに、ムジナソバを食っただけだった。
今でもムジナ探しは続けているが、近頃ムジナは関東を食い詰めて、九州に棲息地を移すという話がある。近いうちにそこまで出かけて行って、真偽を確かめてこなければなるまいと思っている。
(2015・12・24)