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「800字文学館」

病床での俳句メモ

中村 晃也

 早いもので俳句の勉強を本格的に始めてもう六年になる。何年か前、旅行中に撮った写真に適当に句を付けて「団塊が思わす嵌るフォト俳句」というアルバムを出版した際、「写真は綺麗だが、俳句はいまいち」と評されたのがきっかけである。そんな時に同期のOさんに誘われて当ペンクラブの俳句会に入会したのだ。

 数年前に狭心症の治療で三日間入院した際に、日記代わりにと、思いついた句をメモした。季語の選択が難しく、ストーリー性を重視すると、どうしても説明的になり詩情性のある句ができず、日頃の不勉強を反省することになった。

 いつからか、歩行開始直後に両肩から脇の下にかけて重いリュックを背負った時のような負荷を感じ、階段の上りはじめに胸が痛いことがあった。
「胸押さえもしやと冬の歩道橋」「血流のせいではないかボケと冷え」
 十二月になって、主治医から心電図に異常があるからと国際医療センターを紹介された。大病院では診察時間より、待たされる時間が長かった。
「年の暮いらだつ病院待合室」そして検査。「吸盤の肌に冷たき心電図」
「我が血流春の小川とはいかぬ」「歳晩や狭心症と医師断定」

 年が明けて、「入院と告げられし日の冬桜」
 その後の全ての予定をキャンセル。「故ありて欠席届新年会」
 二日後に入院。「手術待つ病の床の冬灯」「霜の夜九時に消灯明日手術」
 その当日。「我が胸の鼓動冷たきモニターに」
「雪催い心臓目指すカテーテル」「短日や冠動脈に造影剤」
「血管の中で風船膨らます」「冬枯れの冠動脈に血が戻る」
 翌日退院。「退院のみぞれの道を足早に」
 帰宅してからすぐに、「心配をかけてとメールする夜長」
 それから毎朝「蟹のごと両手交互に薬粒」

 家族には心配をかけないように平静を装っていたので、妻は簡単な治療と思っていた気配があるが、この文章を見せたら「私の心労が盛り込まれていないわよ」とクレームがついたので、不本意ながら最後の一句を補充した。
「小夜時雨介護の妻の菩薩の手」

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