作品の閲覧

「800字文学館」

津軽海峡冬景色―不老不死温泉

大月和彦

 何もないところを歩くのが趣味という友人と1月末、津軽半島東海岸の外ヶ浜にある不老不死温泉を訪ねた。
 青森県外ヶ浜町大字根岸湯ノ沢。むつ湾の津軽海峡への出口にあたる平館海峡に面した海岸にある一軒宿。
「外が浜」は、青森市から竜飛崎までのむつ湾に面した地域の古称。ある史書に「白河関より外浜に至るまで、廿日余の行程なり…」と記されているように国の辺境を指す言葉だった。10余年前の町村合併でこの名称が町名として復活した。

 外ヶ浜町の中心地蟹田は、太宰の小説『津軽』に、中学時代の友人と花見をしたり名物のカニを食べながら飲み明かしたりしたと書かれた町で、公園に文学碑がある。
 3月に開業する北海道新幹線は、蟹田を通らず海底トンネルに入る。現在運転されて青森函館間の特急が廃止されるので、新幹線の開通によって町はさらに寂れるのではと心配されている。
 蟹田駅から町営バスで海岸に沿って竜飛崎に通じる国道を北上する。かつて松前藩主が参勤交代で通った松前街道で、当時の松並木が残っている。40分ぐらいで平館支所前で下車する。

 ゆるやかな坂の途中に雪をかぶった平屋建ての宿があった。
 江戸時代の旅行家菅江真澄の旅日記『外が浜づたひ』に「蟹田を通り根岸(平館)着、この磯山の蔭に温泉があり、根っこの湯という…」と記されている。
 五能線沿線にある同名の温泉より古い。
 無色透明の柔らかな泉質。観光案内には載っておらず夏の海水浴以外は観光客がほとんどないという。
 通された部屋の窓側の障子は、屋根に積った雪の重みでたわんで動かない。
 窓からは対岸の下北半島の山影がすぐそこに見える。青函連絡船が運航されていた頃は海の銀座といわれるくらい賑わっていたという。

 何もないところですが都会の喧騒から逃れ、当館の湯を心ゆくまで楽しんで下さいと女将さん。目の前のむつ湾で獲れた冬の魚介類が珍しい。ぶ厚い身のホタテの歯ごたえと甘さが、津軽の地酒「じょっぱり」と融け合った。

(16・2・25)

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧