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「800字文学館」

ボッティチェリの肖像画

川口 ひろ子

 東京都美術館で開催中の「ボッティチェリ展」を鑑賞した。初期ルネッサンスを代表する画家サンドロ・ボッティチェリと同時代の画家の作品など、合計80が展示されていた。
 ボッティチェリは、15世紀、花の都フィレンツェの最盛期を生きた画家だ。聖書や神話の世界を描いた作品が多いが、何と言っても富豪メディチ家の婚礼の為に描いた大作「春」と「ヴィーナスの誕生」が有名だ。しかし、残念ながら今回は来日していない。イタリア国家門外不出のお宝なのであろう。

「美しいシモネッタの肖像」は、豪華な金の額縁に納まって展示されていた。商社丸紅が所蔵する国内で唯一つのボッティチェリ作品で、役員室に飾られているという。65×44cmの板に描かれたテンペラ画で、ボッティチェリ35歳頃の作品。噂を聞くばかりで本物を見る機会がなかったが、今回一般公開されてやっとシモネッタに会うことが出来た。印刷物やパソコン画面で見るより遥かに柔らかで、落ち着いた色合いが素晴らしい。

 静けさの漂う窓辺に、極上の絹で仕立て上げられた茜色のドレスを着て、真っ直ぐに正面を見つめる若い女性、はっきりとした輪郭線が、彼女の純粋無垢な心の内までを想像させてくれる。
 波打つ豊かな金髪と広い額、可愛らしい口元、凛とした佇まい、モデルとなったのは、絶世の美女と謳われたシモネッタ・ヴェスプッチ。フィレンツェの富豪ヴェスプッチ家に嫁し、その美貌は、多くの芸術家や一般市民を魅了したが、23歳の若さで他界したという。
 ボッティチェリは、この肖像画の中に持てる限りの才能のすべてを駆使して、その美しさを描ききったのであろう。

 彼女の死から約7年後に、彼は代表作「春」や「ヴィーナスの誕生」を描きあげている。画家はシモネッタから多くの霊感を得て、その面影を理想の女性像に重ねて描き、古代神話の女神たちを誕生させた。
 栄華を極めたメディチ家の時代の姿を、絵画という形で後世に残したのだ。

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