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「800字文学館」

最初で最後の貢ぎ物

三 春

これまで何匹もの猫がやってきては去って行き、それぞれ個性的な思い出を残してくれた。

 最初に出逢ったキキは、実家を出た時に買ったヒマラヤンで、当時の私の暮し方と心情を映したかのように頑なで凶暴だった。彼女に噛みつかれた父の足傷は一生残ったし、気に入らない客にはおしっこをかけた。
 その年下亭主バガボン(バカボンではなくバガボンドのつもり)は、血筋正しく穏やかなイケメンだが、三匹の乳児を遺して男盛りで急逝した。遺体の背中には鬼嫁キキの足跡がくっきり。
 三代目が野良猫モシモシ。カランのレバーを押し下げれば水が出ることを覚えて勝手に水を飲むのはいいが、出しっぱなしだから水道代がはね上がる。毎日夜遊び朝帰り。

 四代目ジャビは散歩帰りに連れてきた黒猫で、エメラルド色の目が魅惑的な美女だ。その数カ月後、玄関先で死にかけていた迷子のアビシニアンを保護した。これが五代目ガチャピン、誰の膝でも甘える世渡り上手だ。スズメや蝉を捕らえては得意げに献上する女傑ガチャピンを見て、臆病でのろまなジャビも「アタシも頑張らなくちゃ」と思ったらしい。ある日ジャビらしくもない大声で頻りに呼ぶので振り返ると、じっと私の眼を見つめながら大きな芋虫を照れ臭そうに差し出した。褒めてやるべきだったのに、虫嫌いな私は思わずギャッと飛びのいた。彼女にしてみれば一世一代の狩り、心が伝わってきた瞬間だった。

 さしもの美女も十八歳を迎える頃には歯槽膿漏で歯が抜け落ち、認知症と脱毛も進んでまるでボロ雑巾のようになった。凄まじい口臭と涎は必殺必中、ニャーンと大口を開ければ誰もが逃げ惑う。

 ジャビが老婆になってからベンガル種の六代目羅門を迎えた。生後三か月の子猫は人気一人占め。息子は涎まみれのジャビを洗ってやりながら冗談めかして言った。
「ジャビちゃ~ん、お迎えまだなのぉ? そろそろいいんじゃな~い」

 冗談がまもなく本当になった。その亡骸を埋める息子の肩が震えていた。

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