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「800字文学館」

男は女にはかなわない

斉藤 征雄

 ミジンコは、通常メスだけで生息しオスなしでメスの子供を産んで増殖する。われわれの常識からは奇異に感じられるが、考えてみれば相手を選ぶ手間もなく、恋の駆け引きも必要ないので増殖という目的のためには効率的なのだろう。
 しかしオスが全くいないのではない。餌が不足したり低温になったりして生きる環境が悪化するとオスを産む。そしてメスはオスと交尾して耐久卵というものを作る。耐久卵は低温や乾燥に強く、何年も土の中で生きていることができる。そして環境が好転するとふ化してメスのミジンコになって再びメスを産みながら増殖するという。
 ミジンコの生態系は完璧にメスの管理下にあり、オスはミジンコが生き延びるための単なる道具として必要な時だけ産み出されて使われる存在でしかない。

 人間も、はるか昔の祖先にまで進化を遡ると、ミジンコのような単為生殖の生き物だったということが判っている。
 何故ならば、人間の受精卵は最初の一ヶ月半ぐらいはすべてが女性の形を目指して発生が進み、男性となるべき遺伝子を持つ受精卵は、その後途中から路線を変更して男性の形に改造されるといわれる。動物の発生のプロセスは、その動物の進化のプロセスをなぞるとされるから、人間の祖先も最初の頃は全部メスでオスは途中から出現したということになるのだそうだ。

 もともとメスだけだった世界に、何故オスが作られたか。生物学的には、メスだけの世界でメスがメスを産む仕組みは、遺伝子に多様性が失われて環境変化に耐える力が弱いといわれる。オス、メス共存の多様化社会の方が環境変化に強い、ということのようである。

 結果的には、メスは自分たちの世界を維持し継続するための手段としてオスを作ったということになる。オスはメスの都合のために作られた存在なのである。それは人間のオスにもあてはまる。
 このようなことを考えながら周りを観察してみると、これまで解らなかったことが少し見えてくるような気がした。

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