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「800字文学館」

『コジ・ファン・トゥッテ(女はみんなこうしたもの)』

川口 ひろ子

 私の好きなオペラはモーツァルトの『コジ・ファン・トゥッテ』
 物語は、婚約を交わした2組のカップルがいて、男性2人がアラブ人に変装、恋人を交換して猛攻撃を開始する。理性と感情、建て前と本音が交差して、果たして女性2人の運命は……というオペラブッファ(喜歌劇)だ。
 その不謹慎な筋書き故か、1790年の初演時から20世紀半ばまで忘れられていた。しかし近年、様々な演出で上演されている。理由は、台本はともかく、卓越したモーツァルトの音楽描写が、ありのままの人間の姿を映し出す稀有なドラマへと変身させているからだ、といわれている。

 私のお気に入りのDVDは、2006年ザルツブルク音楽祭のライブ映像だ。
 先ず演奏が素晴らしい。若手歌手たちの瑞々しい歌唱も良いが、ウィーンフィルハーモニーの柔らかな響き、その一方、古楽風の速いテンポで演奏されるモーツァルトの調べののりの良さは、まさに天下一品だ。指揮はこのオケ出身のマンフレット・ホーネック。オーケストラを良く掌握しているとか、統率力があるとか、という問題ではなく、オケの全員が彼を取り囲み一心同体となり演奏に没頭しているのだ。特に後半の、ヒロインが陥落するシーン、偽りであるはずの誘惑が真実の愛に変わってゆく過程が切ないほどに鮮やかに表現されている。

 次に舞台装置だ。時代設定は近現代。直線と曲線で構成された舞台の単純明快さ、淡いブルーを基調とする色彩構成の柔らかさ。まるでモダンアートを鑑賞しているようだ。

 最後に、演出の捻りが巧みだ。嘘を承知で恋のアヴァンチュールを楽しんでいたはずの4人、辿りついた先は恋の迷路だ。呆然と立ち尽くす婚約者たち。果たして彼等は元の鞘に納まるのか? 別れか? 答えは私たち聴衆に委ねられる。

 付録のボーナスヴィデオで、演出家ヘルマンは、多くの情報が溢れている現代に生きて、自分にとって本当に大切なものは何か? をじっくり考えてほしいと訴えている。

2016年3月23日

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