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「800字文学館」

直感

安藤 晃二

 先般、日吉台地下壕保存の会の小山信雄さんの講演を興味深く聞いた。「死に体」の日本海軍、連合艦隊司令部が日吉の地下壕に移った戦争末期、とりわけ一九四四年後半の事象が語られた。当時四歳だった私の、最も遠い記憶と重なるという意味で、懐かしさが脳裏をよぎる。夕方、往還で遊び、軍艦マーチを聞くや、「大戦果だ!」家のラジオに突進する。南方戦線の勝利を伝える「大本営発表」が続く。詳しい内容は理解できないが、子供心にも胸が躍る、そんな時間が過ぎて行った。

 空襲警報が鳴り、防空壕に跳びこむ。関東平野の真ん中、紺碧の十一月の午後の空、高高度でB29の大編隊が東から南西へ、整然と動いて行く。「爆弾は落ちないよ」皆安心して防空壕から這い出し、柿が実る空に、キラキラと銀色に輝く編隊の通過を見上げる。「中島飛行機に行くんだ」。誰かが突然叫んだ。言うまでもなく、その恐るべき「直感」の通りになった。

 一九七四年八月三十日、昼食から帰る丸の内仲通り、一ブロック先の三菱重工ビル前の大爆発を目撃した。腹の底を突き上げる大音響に文字通り跳び上がった。一瞬白煙が覆い、ビルの壁を滝のようにガラスの破片が流れ落ちる。「助かりましたね」、万感の思いで、脇を歩く課長に話しかけていた。折しも北海プロジェクト向けの輸出大商談が終盤を迎え、午後一時の約束で大手町の、ある鉄鋼メーカーへ課長と日参していた。歩くルートは三菱重工前だ。その日に限り、新人との昼食が伸び、相手先に電話で遅刻の詫びを告げた矢先であった。

 大商談にはライバル商社・メーカーがいた。夕刻の電話でロンドン支店は、相手の要人が四日程大陸に出張のため交渉が止まる、しかし、当方有利と言って来た。「おや」、課長と顔を見合わせた。直感で、ニューオータニに電話を入れる。見事にその要人三人を捕まえた。「直感」は当たったものの、時既に遅し、全てがライバルにより仕組まれ、その大商談は我が軍の敗退で幕を閉じた。

(平成二十八年三月二十三日、何でも書こう会)

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