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「800字文学館」

さよなら日比谷公会堂

濱田 優(ゆたか)

 長い間、音楽会や集会の場として多くの人に親しまれてきた日比谷公会堂が、この4月から長期間の休館に入った。
 ここは東京空襲を免れ、昭和初期の開館時の姿をそのまま保ってきた。茶褐色のタイルで覆われたネオ・ゴシック様式の歴史的な建物で風格をにじませている。今回の耐震化等の大改修工事でも、思い出深いその外観は変わらないという。

 ぼくが高校生だった昭和30年頃、日比谷公会堂は音楽ホールの草分けで盛んに演奏会が開かれていた。後年のぼくなら交響楽を聴きに通いつめたはずである。だが、その頃はクラッシク音楽に馴染みが薄く、ノリのいいジャズが好きだった。
 そんなぼくの日比谷公会堂の思い出は、同好の仲間とラジオ番組のジャズの公開録音をそこでよく観覧したことである。出演は、当時の代表的なビッグバンド「渡辺弘とスターダスターズ」で、歌手はペギー葉山と笈田敏夫だった。オープニングは、もちろんカーマイケルの「スターダスト」だ。指揮者の渡辺弘は観客に顔を向けて表情豊かに指揮をする。同じジャズでもライブハウスで聴く、アドリブの多いコンボとはまるで感じが違い、セミクラシックの曲も時々演奏される。

 音楽に奥手のぼくがクラシックに興味を持ったのは大学に入ってから。社会人になると一端の音楽ファンになった気で、交響曲や協奏曲は生演奏でないと物足りなくなった。それで数年間、N響の定期会員になって毎月のようにNHKホールに通ったこともある。日本で人気のマタチッチが活躍した頃だ。
 その頃になると、東京文化会館、サントリーホール、東京オペラシティなどの優れた音楽ホールが次々に建ち、日比谷公会堂の相対的位置は下がった。最近はクラシックの演奏会がそこで開かれることは滅多になく、ぼくの足も遠のいた。

 今回の大改装で、未来に残る音楽ホールとしての輝きを取り戻して欲しい。再開時期は未定とのことだが、新装なった日比谷公会堂のオープンの日を心待ちにしている。

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