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「800字文学館」

『くるみ割り人形』から行進曲 by ELP

志村 良知

 1970年代初め、英国でロック・コンサートのライブ録音の海賊版が話題になり、公式実況録音盤が後追いで発売されるという今では考えられない騒ぎが起きたことがある。それが、当時まだ20代前半だった3人のロックバンド、エマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)のLP、『展覧会の絵』である。ムソルグスキーの組曲を独自アレンジで、シンセサイザー、ドラムス、ベース、ギターとボーカルで演奏している。その演奏は、シンセサイザーの圧倒的パフォーマンスに器楽曲の将来を危惧してか、クラシックファンの間で冒涜であるとして物議をかもし、ロックファンからも、主役で荒らぶるべきギターが全くロックンロールしてないと異端論が出たりした。

 演奏はラベルのオーケストラ版を基にしているといわれ、たった3人でのライブ録音とは思えない多彩な音に満ちていて、「プロムナード」から始まって、終曲「キエフの大きな門」の重厚で壮大なエンディングまで聴くと、フルトベングラーのバイロイト実況盤第九の後のような満腹感に似た疲れが出る。
 その余韻の中で、レイクの「もっと音楽を」の声と共にチャイコフスキーの『くるみ割り人形』の行進曲が始まる。原曲は第一幕のクリスマスツリーを囲んだ子供たちや玩具の兵隊の行進と群舞での曲で、子供の遊びにぴったりの可愛らしい曲である。
 ELPはこれをベース基調の軽快なアフタービートで飛ばしに飛ばして観衆を挑発する。観衆もそれに乗りに乗って熱狂する。レコードで聞くとその乗りは『展覧会の絵』のときよりずっと軽く、お祭り騒ぎのように聞こえる。それが行進曲の持つ魅力なのであろう。

 今年3月11日、キース・エマーソンが亡くなった。当時は駆動に大型コンピュータが必要だったシンセサイザーを初めてスタジオからライブ会場に持ち出したキーボード奏者である。右手の障害で思うような演奏ができないことを苦にしての自殺と伝えられる。71歳。合掌。

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