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「800字文学館」

ハイヒール・ラプソディー

三 春

 マリリン・モンローのハイヒールは右ヒールだけ6mm低かったという。その真偽はともかくとして、あの絶妙なお尻フリフリは、脚だけでなくお尻ごと重心を移動させる歩き方からきている。

 ハイヒールの原型が誕生した経緯は有名だ。下水設備のない17世紀のパリでは生ゴミや糞尿を道に捨てたし、窓からバサッと撒くことも多かった。汚物を踏まないように爪先立ちで歩き続けるのは疲れる。そこで靴のほうを爪先立ちにした。男性のマントも実は汚物の飛跳ねよけ。女性と並んで歩く時には、窓から振ってきかねない汚物から女性を守るために男性が建物側を歩いたそうだ。一人歩きの女性は日傘で防御する。

 それから数世紀、実用本位の靴は美観重視のハイヒールへと進化した。脚線美を演出する優美でセクシーな形は細長いピンヒールだからこそで、ヒール高さ7cm以下はハイヒールとは呼ばない。この曲線に女も男も心をそそられる。遊び人で知られた友人はホステスのハイヒールを脱がせ、シャンパンを注いで飲みほしてみせた。美女を射止めるためなら水虫の十匹や百匹……。

 NYのOLはスニーカーで通勤し、オフィスでハイヒールに履き変える。日本ではその逆が多い。仕事中にはいつどこで誰に会うとも限らないのだから、NY流に軍配をあげたい。履き変える理由はハイヒールが足の健康を損ねるから。夜になれば爪先がズキズキするし、長年履き続ければ爪も骨も変形する。

 実を言うと、我家までの夜道をハイヒールぶら下げて裸足でペタペタ歩くのが私のお気に入り。真夜中なら誰かとすれ違っても足元までは見ない、と思う。ひんやりした地面を足裏全体で感じとる心地よさと常識破りは格別の味だ。

 あるとき小学校時代のクラス会で元ガキ大将S君が割れ鐘のような声で話しかけた。
「オイ、裸足で歩いてるの見たぞ! 俺ちょうど車ころがしててさ。お前酔っぱらってただろ」。酔ってとは限らないのだがこの際そういうことに。以来毎年S君から年賀状が届く。

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