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「800字文学館」

「花のワルツ」、君は浅田真央を見たか

志村 良知

 浅田真央嬢のカムバックシーズンはほろ苦いものになった。若い選手たちは伸びやかに演じ、時代が変わったことを見せつけた。自身3回目のオリンピックまであと2シーズン、その時28歳になる浅田選手は、10歳以上も若い少女たちとどう競うのであろうか。

 浅田選手が、世界のトップスケーターとして注目を浴びたのは、2005グランプリ・ファイナルである。トリプル・アクセル、3回転・3回転コンビネーションといった離れ業をノーミスで成功させ、怖いものなしの勢いで時の女王スルツカヤに競り勝った。
 この時のフリーの曲が、チャイコフスキーのバレエ音楽『くるみ割り人形』から「花のワルツ」であった。第二幕で花の妖精たちが群舞する華やかな場面で流れるこの曲は、メロディーが纏わりついてくる、というチャイコフスキーらしい頭の中をぐるぐる回る明るく軽快な円舞曲で、当時十五歳という浅田嬢の雰囲気と演技に非常に良く合っていた。
 あのピンクの衣装に身を包んだ姿は、もしかすると浅田嬢が 生涯最も輝いた瞬間として、後世このワルツとともに回想されるかもしれない。 後半、3度連続する3回転・2回転のコンビネーションの真っ最中の勝利を確信したガッツポーズも可愛かった。

 トリプル・アクセルばかり騒がれる浅田選手であるが、上体を大きく使い両膝がきれいに伸びたスパイラル、流れるようなステップ、深い姿勢のまま一点で回るシット・スピンなど、基本の技も鍛えられいて正確で美しい。
 しかし浅田嬢が特別なのはそのオーラである。リンクに立っただけで、その場の空気を変え、「マオタ」と呼ばれる熱狂的ファンも、同じ位いるアンチファンも、浅田嬢だけ違うことをしているかのような特別の世界に引きこみ、時間を止めてしまう。
 今シーズン、本田真凛という十四歳の才能が開花した。スケートファンも世代を継いで若返っていくだろう。そして、やがて若者は問われるに違いない。
「キミは浅田真央を見たか」と。

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