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「800字文学館」

三嶋暦

大月 和彦

「三嶋暦に親しむ旅」のバスツアーで静岡県三島を訪ねた。
 江戸時代に普及していた地方暦といわれるカレンダーは江戸、伊勢、京都、三嶋など10地域で発行されていた。

 伊豆、相模、甲信越などで使われていた三嶋暦は、奈良時代に山城国から来た暦師河合家によって始められたという古い歴史を持つ。鎌倉幕府と結びつきが深かった三島神社のおひざもとで、明治の改暦まで幕府公認の暦を作成配布していた。
 河合家の建物は現在「三嶋暦師の館」として保存され、河合家第53代の当主河合龍明さんが館長として三嶋暦の資料展示や旧暦の紹介活動をしている。

 三嶋暦は和紙に印刷された16ページの綴じ暦。表紙(暦首)には大きな文字で、三嶋暦の由来、制作者名、その年の吉凶や運命判断、月の大小などの記事が記載されている。
 面白いのは、その年の日数を「354日」などと記していることだ。旧暦では月の大小の配列や閏月が置かれる年かどうかによって1年の日数が変わるので特記する必要があったのだ。

 また毎年変わる月の大小の配列が、表紙に大書されている。当時の商売は掛け売りが中心で代金の決済は月末や年末だったので、月の大か小かを知ることは日常生活で大事なことだった。
 月の大小の配列だけを絵で表した一枚刷りの「大小暦」や商家の店先に掛ける大小の文字を彫った「大小告知板」などもあった。

 表紙に続いて1日ごとの干支、吉凶と運命判断の記事、24節気、雑節など盛りだくさんの情報が載っている。当時のカレンダーは生活に必要な情報メディアだった。

 暦師の工房には専門の職人が20人ほどいて材料の選定、図柄の作成、彫り、刷りなどの作業を行ったという。
 天保一五年の三嶋暦の版木を使って体験印刷をした。使い込まれた版木にインクをつけ和紙を載せてバレンで擦ると墨色鮮やかな暦が刷りあがった。

 三嶋暦師の館では毎年旧暦を併記した「現代版三嶋暦」を発行している。江戸時代の体裁を踏襲し、当時の暦註や1日ごとの月の形が載っていて見るだけで楽しくなるカレンダーだ。

(16・4.28)

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