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「800字文学館」

謎かけのランチ

野瀬 隆平

 ヨーロッパのある町で、客先と詰めの交渉に入っていた。大きな商売であり何としても受注にこぎつけたい。しかし、競争相手も頑張っており予断を許さない状況だ。
 午前中のネゴが終ったところで、客先から昼食のお誘いを受けた。初めてのことである。他社よりもこちらに多少分があるのかと内心期待しながらレストランに向かう。個室に案内されると先客が一人いた。会ったことがない若い男である。社長の甥だと紹介された。この業界でブローカーとして頑張っているという。
 帰り際にその男が、この商談で何かお手伝い出来ないでしょうかと話しかけてきた。そこでピンときた。この男を仲介人として起用せよと暗に伝えるために引き合わせたのである。要するに値引きをするのではなく、リベートをよこせということだ。
 翌日の商談で、かの男をブローカーとして使うむねを伝える。それが功を奏したのか、話しは順調に進み成約に持ち込むことが出来た。
 契約調印と同時に、「仲介業者」との間でコミッション・アグリーメントを結ぶ。手数料の送金先はパナマ法人の口座になっていた。裏金を作ろうとしているのは明らかである。
 受注した工事は順調に進み、進捗に合わせて客先から代金が支払われる。それに応じて仲介手数料をアグリーメント通り指定された口座に正式な送金許可をとって振り込む。

 数年後、本社の財務部門から電話がかかってきた。今、国税庁の税務監査が入っているが、あのコミッションの送金が問題になっているというのだ。
 送金先の会社に具体的にどのような仲介業務をしてもらったのか、としつこく追及される。正当な対価であるのか疑いの目を持って見ているのである。実際にはほとんど仕事をしてもらっていないのだから、説得力のある説明にはならないが、何とか切り抜けた。
 しかし、査察官が疑っていたのは、実は《当社自身が課税を逃れるために海外に資産を隠そうとしているのではないか》ということのようだった。

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