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「800字文学館」

雪国の味

首藤 静夫

 この蕎麦屋は4年ぶりだろうか、旅行に来たついでに立ちよった。以前紹介したことがある新潟県・妙高高原駅前の蕎麦屋だ。勤務で上越市に住んでいたころはよく利用した。熟年となった今も夫婦で元気にやっているはずだ。再会を喜んでくれるだろう。
 昼前なので先客はわずか。地元らしい二人組は早くもコップ酒でご機嫌だ。おかみが注文を取りに来た。(顔を合わせたら驚くだろうな)ところが、
「決まったら呼んで下さい」。そそくさと奥へ。ちょっと期待外れだ。亭主は蕎麦作りの最中か、奥にいて振り向きもしない。
「いつもの大盛」と私。「いつも」を強めていったが効き目がない。仕方がないので大人しく待った。大盛とは盛り蕎麦の大でこの店の一番人気だ。ざるでなく、どんぶりで山盛り出てくる。茶碗では水ごしできないだろうと以前友人に聞かれて答えられなかった。その話題も含めて旧交をと思っていたが、取り合ってもらえないようだ。
 蕎麦がでてきた。懐かしい田舎蕎麦をたぐる。食べ終えたどんぶりの底は水が残っていたが気になるほどでない。

 昼時になり小さな店は馴染み客でこみ始めた。腰を落ち着けてもいられない。勘定をたのんで立ち上がろうとすると、カウンター越しに亭主から声がかかった。
「久しぶりなんだろう、ゆっくりしていけばいいのに」
「覚えていてくれた?」
「いつかも早い時間から大勢でわいわい飲ってたじゃないか」
「そうだったね。でも混んできたからまた来るよ」
「大丈夫だって。すぐ空くよ」。会話がはずみだした。
 おかみが釣をくれながら、
「お婆ちゃんね、元気でいるよ。足が悪いので店には出ないけど、頭もしっかりしてるよ」
 なんだ、おかみも覚えていたんじゃないか。ここのお婆さんとは雪国の話を聞きながら蕎麦に舌鼓をうったものだ。
 北国の人はいつもこうだ。お愛想はないが、じわっとくる。それだけあじわい深いのではあるが・・・・・・。
 店を出たあとも余韻が残った。

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