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「800字文学館」

『結婚行進曲』― オルガニストのマーク

志村 良知

 マークは金髪に青灰色の瞳のいかつい体の若者で、マーケティング専攻のバカロレア+5、英仏独伊を自在に操ったが家族とは地元の言語アルザシアンで話すという純朴さもあった。
 仕事では後継者と期待し、OJTとして重要な商談には同行させたので、旅でも仕事以外にいろいろな話をした。ドーデーの『最後の授業』がアルザスでは全く知られてないことも彼を通じて知った。
 そのうち彼がオルガニストである事が分かった。建物そのものが楽器であるオルガンは皆強い個性がある。特に教会のものはそれぞれ構造が異なり、響きは大きく異なる。キーを押す離すと音のレスポンスに差があり、それがキー毎に違う。そういうオルガンを弾くときには事前に長い時間弾き込んで楽器と折り合いをつける必要があるのだという。また教会オルガニストには資格があり、彼の目標はカテドラルと呼ばれる司教座教会のオルガンが弾ける最高位資格を得ることだった。

 私の秘書が結婚したとき、オルガニストは当然マークだと思ったら彼はカメラマンだった。あとで秘書に「なんで、マークじゃないんだ」と聞くと、「だって、知らなかったんですもの」。普段からよく喋っているくせに肝心な事は話していない奴らである。
 翌年、土地の名士の息子の販売課長が33歳で14歳年下と結婚するという「犯罪行為」に及び、オルガニスト兼音楽監督をマークが務めた。高い席から全体を見渡し、式の進行をコーラスも含め、音で司る音楽監督は結婚式の別の主役である。式の最後、花嫁花婿の行進でメンデルスゾーンの『結婚行進曲』が高らかに演奏された。大役を果たし、演奏席から見下ろす彼の顔は晴れやかだった。
 それから3年後、マークは白血病に冒され一旦は職場復帰したものの再発し、私の帰任2年後、工場長からの悲しい電話を受けた。
 あの時の熱演は花嫁花婿を映していたビデオに録音されている。ざわめきや隣の家内との会話まで入っているが、2分45秒の貴重な思い出である。

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