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「800字文学館」

賢いカラス

内藤 真理子

 門を出る刹那、鳥が背後から飛び立った。驚いて見上げるとカラスの後ろ姿があった。
「あんた、ちゃんと前を見て飛びなさいよ!」と心の中でつぶやきながら駅までの道をしばらく行くと、直接に触れてはいないが風を感じる程度の感覚で鳥が背後から舞い上がった。またしてもカラスである。
 ??? そういえば思いあたることがある。
 昨日のごみの日、向かいの奥さまがベランダから石を投げていた。見ると、ごみに群がるカラスを攻撃しているのだ。
「勇ましいですね」と声をかけると「ここのごみを漁ってはいけないと、カラスに知らしめているのよ」と気合が入っていた。彼女は私と同じような背格好なのだ。
 だが間違えられたにしては、カラスの攻撃がいまいち迫力に欠けている。

 カラスのことを書いた本によると、好奇心旺盛、とても賢い鳥で何でも食べる。つがいになる時には計画的で、オスがせっせと巣作りの材料を調達して来るとメスは几帳面に一生過ごせるような巣を作り、それから子供を産むそうだ。出来ちゃった婚などカラスにはあり得ない。そんな鳥なので、生まれた子に対しても子煩悩で子育ての時期には特に防衛本能が働くのだ、とあった。
 という事は「こんな大事な時期に石を投げるとは!」と投げただろう人に見当をつけて、そんなことを二度としないように攻撃しようとしたのだろうか。
 それからは、出したごみに網をかける対策をしたこともあって、カラスは近寄らなくなり、私が攻撃されることもなかった。
 すっかり忘れた頃、私達夫婦が二階の居間でくつろぎいでいると、電線に二羽のカラスが止まってこちらを見ながら、何か話している様子。それが私には子育ても一段落したカラスの夫婦が「ほら見てごらん、石を投げたのはあの人ではないよ、やっぱり人違いだよ」等と話しているように思えた。
 だってあの時の攻撃には迷いがあったもの。
「石を投げる憎っくき奴め」という確信が感じられなかったもの。
 やっぱりカラスは賢い!

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