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「800字文学館」

「家族はつらいよ」は後期高齢者向け喜劇?

大越 浩平

 前夜の深酒で朝食も進まない、TVで気温が30度に上ると言っている、滅入る。行きつけ映画館の上映予定表を見ると、山田洋次監督・脚本の「家族はつらいよ」が上映されている。避暑がてら映画館も好かろうと出かけた。入りは七分、中年女性が多い。

 定年後の主人公が仲間とゴルフに興じ、居酒屋に立ち寄り帰宅する。長男の嫁に迎えられ、二階の自室には立派な花束が飾ってある。これは何だと妻に問うと、今日は私の誕生日で友人からのプレゼントと答える。妻はプレゼントが欲しいと言い出し、主人公は狼狽する。

 そこまでのカットで三世代同居の日常が観客に伝わる。そこでやっと「タイトル」が現れる。大小異なる積み木で作ったタイトルが、ポロポロと積み木崩しになり消える。それに合わせる音楽も良く、展開に期待できる。タイトルで興奮したのは、ソ❘ル・バスとエリントンの「ある殺人者」以来だ。
 この映画は喜劇だが、ドタバタ、ナンセンス、大爆笑は一切ない。ありふれた日常を、達者な役者達が、人間の滑稽な部分を大きく膨らませ観客に向かう。笑いの質はクスクスだ。

 林家正蔵演じる親父の真似、鰻屋の出前が寅さんのメロディを口ずさむ場面は、その昔蕎麦屋の出前も口ずさんだ、伝説のジャズメッセンジャ❘ズ、モーニンのパクリと分かるのは後期高齢者前後だろう。あまりにも予定調和的進行なので、小道具に目をやった。棚の上には、こけしがきれいに並んでいる。蒐集のはやった時代があった。3・11の地震でこけしは全部落ちて、欠けたのも有る筈だ、こけしが揃い過ぎていると心でイチャモンを付けている。

 主人公が居間で、小津安二郎の東京物語を見ている。妻にプレゼントを贈る決心をした。東京物語の「終」が出る。そこから終章に入り、いつもの毎日が始まり終わる。エンドロールにあっと驚く。「タイトルデザイン」は横尾忠則で音楽は久石譲だ。手練れの役者達と、山田監督の演出は見事だが、印象に残ったのはタイトルと音楽だった。

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