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「800字文学館」

夢を見るなら

首藤 静夫

 マルコ・ポーロの『東方見聞録』に「山の老人」の話がある。
 11世紀ころからイラン北部の山岳地帯を根城に暗躍した暗殺教団の指導者が「山の老人」である。20歳までの若者を言葉巧みに誘い、ハシシ(大麻)で夢うつつにさせ秘密の園へ。そこは華美、贅沢な空間で、若者には美女が侍り、音楽や佳肴ほか存分の快楽を享受させる。彼らはそのうちにここを天国と思いこむ。
 頃合いを見て老人は若者を再び薬で眠らせ元の村にもどす。現実に引き戻され失望する若者に老人はささやく。
「もう一度天国の楽しさを味わいたくば、さあ行け、ただ○○を殺せばいいのだ。万一失敗して死んでも真っ直ぐに天国に行けるぞ」
 若者たちは快楽が忘れられず、突き動かされたように精悍な暗殺者となって各地に散っていった。麻薬の禁断症状もあったのだろう。当時全盛の蒙古帝国をも震え上がらせたとか。
 暗殺教団の正体は、イスラム教シーア派の分派ニザール派とされる。若者を刺客に育て、敵対宗派やキリスト教十字軍などに送りこんだのだ。
 これがどの程度史実かは分からない。しかし、今世界を震撼させているテロリズムとよく似ているではないか。

 話変わって落語「芝浜」。
 飲んだくれで怠け者の魚行商、勝五郎は女房に朝早く仕入れに行かされる。芝の浜で大金入りのボロ巾着を拾い喜んで帰宅。女房に大金を見せ、また大酒を飲み、寝入ってしまう。翌朝、目覚めて大金のことを聞く勝に女房は「大酒くらって変な夢でも見たんだろう」と取り合わない。さすがに勝五郎、今度ばかりはしょげ返り、反省して酒を断ち、3年。
 わき目をふらずに精出した結果、表通りに店を構えるほどになった。大晦日、女房が古い巾着を出し、手をついて謝ることには、実は3年前の大金は本当だった、それを夢に紛らわせてあんたを立ち直らせたかったと。勝が女房に感謝してめでたしの人情噺だ。
 酒や薬がからんだ夢物語だがこれほどに違う。日本に生まれてよかった。

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