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「800字文学館」

飛行機は安全である

斉藤 征雄

 飛行機にはずいぶん乗り慣れたが、未だ本能的に不安は残る。

 ペルーでナスカの地上絵を見た時のこと。セスナ機に片側五人ずつ座った。最後尾に若い二人の日本人女性。飛び発つ前に、決して席を立たないようにとの注意があった。
 しばらく水平飛行して地上絵の上空に達すると、片方の翼を大きく下げて半ば横向きになって下降した。地上絵が眼下に見えてぐんぐん近づく。そして限界と思われるところで機体を立て直し上昇して今度は逆の翼を下げて再び下降する。まさにアクロバット飛行だ。恐怖に身を固くして必死に耐えた。
 それだけではなかった。女性二人が「見て見てハチドリ」「え! どこ?」といって席を立つ。よろけて隣の座席の端にどっすーん。機体が揺れる。「わー、ガイドブックそっくり」「うっそお」といって今度は床に転ぶ。機体がまたふわっ。「やめてくれー」と思ったが声にならず、へとへとになってセスナを降りた。
 無知と無謀ほど怖いものはない。

 出張で羽田から松山へ飛んだ。荒れ模様の天候だった。
 離陸するとすぐに「はっきり言いますが今日は揺れます。ただ飛行機は落ちないように出来ていますからご安心ください」とのアナウンスがあった。
 不安だった。たたでさえ昨晩、心ない後輩が「知ってますか。松山空港というのは最も危ない飛行場ですよ」と言って、昔の松山沖墜落事故のことを解説してくれたのだ。
 私の前には三十人ほどのお遍路さんの一団が壁のように陣取っていた。全員遍路用の白衣の上に輪袈裟をかけている。そして右脇に持鈴。半数以上が女性である。
 飛行機は大阪辺りから激しく揺れた。揺れるたびに身体が浮く。機体が一瞬落ちているのだろう。お遍路さんのきゃーという声とともに鈴がちゃりんちゃりんと鳴り響く。
 見ればお遍路さんの背中には全員「南無阿弥陀仏」と書かれている。私は、平然とした振りを装いながら心の中で念仏を唱えた。飛行機は定刻に松山に着いた。
 文明を信じるのも楽ではない。

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