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「800字文学館」

出世とはどういことか

都甲 昌利

 昭和の歌舞伎作者である宇野信夫の『柳影沢蛍日(柳沢騒動)』を観てきた。テーマは出世である。

 五代将軍徳川綱吉(市川中車)の生母桂昌院(中村東蔵)に寵愛され、一介の浪人の身分から老中に出世した柳沢吉保(市川海老蔵)の物語だ。

 吉保は妻おさめ(尾上右近)とつつましい生活をしていたが、美男子故に桂昌院に見いだされ幕閣の中心的存在となる。桂昌院の好むものは「賄賂、美男子、占い」だったからだ。やがて十五万石の大名に出世した彼は幕府の寵臣として絶大なる権勢を振るうようになる。
 妻のおさめを綱吉の側室として差し出し将軍の子を宿らせ自分が殿上人になろうとした。出世の為なら妻をも犠牲にするのだ。
 もう一人の桂昌院に寵愛された僧侶の護持院隆光(市川猿之助)は占いで彼女の気を引く。隆光も立身出世の塊で吉保と反目して敵対する。遂に吉保は隆光を殺害し自己の地位を保つ。その場へおさめが現れ目撃する。彼女は吉保に昔ながらのあの慎ましい幸せな生活をしたいと望むが聞き入れられず、毒をあおり自害する。その死骸を見つめた吉保は、出世を願い天下を望んだ末に得たものは女の心と情だと悟りわが身に刃を立て命を絶つ。

 役者で私が注目したのはおさめ役の尾上右近だ。素顔もほっそりとした美男子だが女形はそれ以上に美しい。将来の女形として玉三郎を継ぐのではないか。玉三郎は美貌が衰えないが、オペラグラスで見ると皺が目立つ。

 この作品の初演は江戸時代ではなく昭和四十五年(一九七〇)国立劇場だ。まさに日本は高度成長時代で企業は激しい競争をしていた時代だ。各会社の内部では社員たちの熾烈な立身出世競争が横溢していた。平社員から係長、課長、部長、取締役、専務、社長へと。最高位に上りつめるのはだれか。欲望と出世の後に来るものは何か。作者の宇野信夫は現代のサラリーマンの姿を吉保の生涯と重ね合わせて、この物語を描いたのではないか。彼は現代の河竹黙阿弥と言われる。

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