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「800字文学館」

西和賀町雪国文化研究所

大月 和彦

 数年前、秋田駒ケ岳で靴が破れて途方にくれていた時、通りがかった人から布テープをいただき、急場をしのいだことがあった。
 後に岩手県の西和賀山岳会の方だったと知り、いつか西和賀の山か温泉を訪ねようと思っていた。
 先日思い立って西和賀町を訪ねた。岩手県の北西部、奥羽山脈の東側を流れる和賀川沿いの南北に広がる沢内村と湯田町が合併した人口七千人の町。

 有数の豪雪地帯でかつては僻遠の地だった。全国に先駆けて老人と乳児の医療費を無料化したことでも知られている。また、沢内村出身の雪崩研究者で写真家でもある高橋喜平さん(1910~2006)の随筆に多く出てくる地域なので関心があった。
 山歩きは身体的に無理なので旧沢内村の中心集落にある雪国文化研究所を訪ねた。
 雪は邪魔なものでなく資源であるとの考えに立ち、雪と共存する新しい生活様式を築こうと、雪の基礎研究、雪国文化の発掘と伝承など雪に関するさまざまの情報を発信するため、高橋さんの肝いりで1988年に設立された。

 研究所は中心集落から少し離れて温泉施設などと同じ場所にあった。瀟洒な建物で高橋さんの助手を務めていた小野寺聰研究員が、雪質、雪量、雪害史など研究活動のほか郷土食、各地から収集した雪国の生活用具などをていねいに説明してくれた。
 高橋さんが生涯を通して撮影した雪と氷の珍しい写真が展示されている。雪と氷が作りだす造形―抽象画、動物の姿などは飽きることがない。

 高橋さんの業績、研究態度や人柄など小野寺さんの話も面白かった。
 雪女の写真があった。雪の精が地上に現れるといわれる雪女の存在を信じて永年探し求めていた高橋さんは晩年、盛岡近くの雪山で2人の雪女を発見した。布をまとった石の地蔵に雪が積もった貌がまさに雪女だった。

 沢内地方は、かつて外部から隔絶されていたため独特の文化や生活習慣が形成され、雪国の生活を伝える用具や資料、伝承文化が残っているという。また訪ねてみたい。

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