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「800字文学館」

最近考えること

野瀬 隆平

 一人の男が大勢の障害者を殺すという事件で、頭に浮かんだのが「T4作戦」である。社会に貢献しない身体的、精神的な障害を持つ人間は抹殺するというもの。ユダヤ人の大量虐殺と同様、これもナチスが行ったことだ。障害を持つ少年の父親が、「慈悲殺」するようヒトラーに訴えたことに端を発するともいわれている。報道によれば、今回の事件はこの思想に感化されての犯行らしい。
 作戦名の由来は、その本部がベルリンのTiergarten通り4番地にあったことによる。7万人を超える人たちが安楽死させられたという。ちなみに同じ場所が現在はベルリン・フィルハーモニーの所在地となっていると聞くと、何とも不思議な気がする。
 この事件に限らず、最近国の内外で起きている出来事を見ていると、根底に共通する問題が潜んでいるように思われる。

 先日『帰ってきたヒトラー』という映画を観た。これまでいわばタブーとされてきたヒトラーを主題にした作品である。勿論、ヒトラーを礼賛する話ではない。風刺を効かしたコメディーである。しかし、どことなくあの時代を懐かしむ空気が漂っている。
 映画といえば昨年だったか、『ハンナ・アーレント』が話題となった。哲学者、ハンナ・アーレントはユダヤ人でありながら、ユダヤ人虐殺の責任者であるアイヒマンを「彼自身は極悪非道な人間ではなく、単に命令されたことを忠実に実行したにすぎない凡庸な人間である」と評した。
 この考え方は、
「悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人が作る」
という彼女の言葉に集約されている。
 また、ドイツの社会学者、エーリッヒ・フロムは『自由からの逃走』で次のような主旨のことを述べている。
「自由を享受することは、一方で孤独と不安に耐える覚悟が要求され、かつ社会に対して大きな責任を負うことを意味する。それが出来ずに自由から逃れようとすると、特定の思想に安易に傾倒して、国家の独走を招くことになる」
 重く受け止めたい命題である。

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