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「800字文学館」

旅日記 ― 平泉寺(へいせんじ)白山神社 ―

野瀬 隆平

 石畳の参道は一直線にのびていた。樹齢三百年は超える杉の古木が両脇に林立している。朝まだ早く人の気配はない。ここは越前の国、福井県勝山市にある平泉寺白山神社である。
 霊気を感じつつなだらかに上る参道を進むと、一段高い所に拝殿が見えてきた。辺り一面苔に覆われている。司馬遼太郎や白洲正子が絶賛した苔だ。それを自身の目で確かめたくてやって来た。司馬の言葉を借りるならば、
「広い境内ぜんたいが冬ぶとんを敷きつめたように、ぶあつい苔でおおわれている……京都の苔寺の苔など、この境内に広がる苔の規模と質から見れば失笑なほどであった」となる。
 確かに見事である。ただ最近、境内の杉の古木が大きくなりすぎて枝が落ち、陽の光を十分に遮らないため、苔の状態が以前ほど良くないという。案内書にも「司馬さんが来た頃より苔の状態が悪くなっています」と正直に書いてある。
 平泉寺白山神社は、その名の通り神仏習合の典型で、神社とお寺が一体となっており、それを象徴するごとく鳥居の扁額の上が屋根で覆われている。
 およそ千三百年前に開山。先ずは白山を拝む拝殿が建立され、後にお寺が建てられた。境内のお堂や社は、ほとんど人の手がかけられておらず、すべてが今にも朽ち果てそうで、いやがうえにも、わびしさ、寂しさをつのらせる。
 交通の便が悪く、観光客が押し寄せてこないのはいいが、勝山駅まで戻る適当なバスの便がない。どうしたものかと思案しながら、ソフトクリームを売っている小さな店に立ち寄った。尋ねてみると、タクシーを呼べば来てくれるが、何千円もするという。いっその事、駅まで歩こうかというと、びっくりした顔で、「一時間半はかかりますよ、大変ですおよしなさい。実は一時間ほど後に、娘を駅に送って行くことになっているので、よかったら一緒に乗せて行ってあげますよ」と親切な言葉が女主人から返ってきた。
 その厚意に甘えて無事駅にたどり着くことができた。

『街道をゆく―越前の諸道―』 司馬遼太郎
『かくれ里』 白洲正子

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