作品の閲覧

「800字文学館」

墓碑銘

皆川 和徳

 私の家の墓は谷中にあり、兄が継承管理している。私は次男で墓など不要、散骨でもしてくれれば十分という考えだ。一方、配偶者は二人姉妹の長姉。妹は一人息子と結婚している。配偶者の実家の墓は市川霊園にあり彼女が継承管理している。彼女が逝けば無縁墓となる。それも随分忍びない。何とか私の気分と折り合いをつける手立てが必要だ。

 石屋と相談し、必ずしも本意ではないが、彼女の実家の墓を改修し、彼女の先祖累代と私達が入れるようにした。
「○○家累代の墓」の墓石を撤去し、新たに墓石を置く。墓石の左右に「○○家墓誌」と「皆川家墓誌」を建てる。それぞれに両家の物故者の名を刻む。
「皆川家墓誌」は当然未だ空白。

 方針をそのように決め、早速石屋の主人と打ち合わせる。石の種類、大きさ、形状を決め、一件落着と一安心。工期、見積もりを確認しやおら席を立とうとした時、石屋の主人から「旦那さん、墓石には何と書きますか」と問いかけられた。
 確かに墓碑銘の無い墓石は異なものだと思うが「死んだら無でしょう」と私。
「それでは無と書きましょうか」と石屋の主人。「いや、死んだら無だから何も書かずに墓標として墓石があればいいのではないか」「しかし、ノッペラボウの墓石は変なものですよ」と石屋の主人は譲らない。最近よく見掛ける「絆」「感謝」さらには「ありがとう」などという文句を書くなどおぞましい。そう考えると「無」という字を刻むのは悪くないが、石屋の主人に屈する様で面白くない。

 腕組みして沈思黙考。ふと一つのアイデアが浮かんだ。「永い人生に句読点を打つのが死だろ。墓石にはピリオドを刻もう」石屋の主人もほっとした顔で「良いお考えですな。ピリオドと書きましょう」と云う。「いや違う、ピリオドと書くのではなく、点のピリオドを彫るのさ」。石屋の主人は苦い顔をしながら渋々同意した。

 こうして私の懸案の墓問題もピリオドを打って決着。無事にお彼岸を迎えられる。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧