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「800字文学館」

トランプ現象に思う

斉藤 征雄

「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ」。人を動かすには、相手の人格を認め、最後は誉めて自尊心を満足させることが大切との山本五十六の格言である。
 誉め方も、人を動かすためにはそれなりのやり方があるといわれる。
 心理学の分野に閾値(いきちorしきいち)という言葉がある。人が刺激を感知するためには一定量以上の刺激が必要であり、その最小限の刺激量を閾値というらしい。つまり刺激が何らかの効果をもつためには、閾値を超えた刺激量が必要なのである。
 誉める場合も、閾値を下回るような誉め方ならば、相手に全くこちらの気持ちが伝わらない。そんな誉め方ならむしろ誉めない方が良いということになる。
 誉めるときには、閾値を超えて徹底的に誉めよということである。そして徹底的な一途さが相手に伝わった時に琴線に触れて心を動かすのである。格言を戦術と言っては失礼だが、誉め方にもそれなりの戦術が伴うということである。

 戦術という言葉から、アメリカの大統領選挙に思いが至った。ここにきてトランプの評判が落ちているようだが身から出た錆というものだろう。そもそも彼の主張はめちゃくちゃで最初は多くの人が耳をかさなかった。それが今やクリントンと互角に争うほどの支持を得る。
 何故か。それはトランプの戦術の結果ではないかと思う。彼は自分の言っていることが常識を逸脱していることを知っている。しかし、常識の範囲内での常識的な政策では納得しない多くの不満層がいることも知っている。
 そこで「私の言っていることはあなたの声なのだ」と自信を持って言う。聴衆は、自分の思いをトランプが代言してくれて、しかも、一貫してブレずに言い続ける徹底した一途さに本気を感じる。それが多くの人の琴線に触れて支持を集める結果になっているように思う。
 それは戦術である。しかしトランプ現象は、戦術と知っていても人はそれによって動かされることを現わしている。

 人間は理屈ではなく、徹底した一途さが自分に向けられた時、弱いものなのかも。

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