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「800字文学館」

『君が代』と熱力学の第二法則

志村 良知

 リオ・オリンピックでは日本選手の健闘で『君が代』を何度も聞いた。それで熱力学の第二法則にまつわる議論を思いだした。

 物理学の一分野である熱力学では乱雑さの度合を表すのにエントロピーという概念を導入している。エントロピーが大きいほど乱雑、小さいほど整然としているということになる。そして、熱力学の第二法則はいう「エントロピーは増大する」と。
 すなわち、世の中は放っておくと野放図になる。部屋は散らかり小人は不善をなす。幼児は勝手に走り回る。富の偏在は極限で革命を起こす。地球の南北の温度差は大規模な気象現象で平均化する。しかし、方向性のあるエネルギーを注ぎ込む事でエントロピーが小さい状態にもできる。掃除すれば部屋はきれいになる。保育士は幼児を整列させられる。躾と教育は無知無力な子供を社会生活ができる大人にする。すなわち、熱力学の第二法則は絶対不可逆ではなく、逆行させる事もできる。

「混ぜたらゴミ、分ければ資源」。この標語はまさに熱力学の第二法則の双方向性を語っている。資源=工業原材料にするには化学的にできるだけ単一に、すなわちエントロピーが小さい状態にする必要がある。その第一歩をゴミ発生源の家庭にやってもらうという分別収集は、今や実施していない自治体はない位一般化している。掃除、育児(躾)、分別。主婦は第二法則を逆行させるという物理学的偉業を毎日やっているわけである。

 大きな岩石は風化して砕け、礫から砂粒に、熱力学的にいうと総表面積が大きい安定状態に向かってエントロピーが増大して行く。『君が代』では「さざれ石の巌となりて」と熱力学の第二法則が逆行している。ありえない歌詞は国歌として不適切という論もある。しかし、さざれ石が巌となった石灰質角礫岩という岩が存在する。雨水に溶けた石灰岩が、セメントとなって砂礫を固めるという方向性を持った仕事をした結果の逆行で、摩訶不思議な力の仕業というわけではない。

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