作品の閲覧

「800字文学館」

ドライブ旅行

内藤 真理子

 はるか昔の新婚旅行は、山陰地方に十泊十一日のドライブ旅行だった。最初の東京と最後の大阪を除いて一か所で二泊ずつというスケジュールではあったが、高速道路はまだ東名、名神くらいしかなく、かなりの強行軍だった。そのうえ夫は、見学、移動に夢中になると昼食を忘れる。お腹を空かせた私は疲れ果て、夫が立てた計画に、何故飛行機じゃないの、どうして新幹線にしないの、と心中不満だらけ。それでも花も恥じらう新婚旅行ゆえじっと我慢をしていたのだったが、写真は正直で、今見るとどれもふくれっ面をしている。

 住み始めたばかりの我が家に帰ると、夫は早速白地図を買って来て壁に貼り、通った道を赤線で、泊まった所に青で丸を書き、場所と日付を入れた。
 以来、ケチケチ節約のドライブ旅行は習慣となり、私も徐々にそれに慣れた。今では北海道の右半分、釧路、帯広、襟裳岬辺りと、沖縄、島を除いてほとんどの所に赤線、青丸が書かれている。それを見ながら、貧乏でも体を動かして楽しんでいるのだから良いじゃない、なんて悟りにも似た心境になっていた。

 ところが最近、安倍・プーチン会談が、山口県の大谷山荘で開かれた。
 えっ、その旅館は、あの不平不満の新婚旅行で泊まった所ではないの。そんなに良い旅館だったかしら? と思い直して見ると、そう言えば新婚の二人が泊まる部屋なのに、客間の外に洋室と和室の寝室がついていた。あの旅行では贅沢もしていたのだ。そう思うと萩には松下村塾もあったし、少し行くと秋芳洞もあり風光明媚な所だったような気もして来た。
 夫はテレビを見ながら、新婚旅行は一番行きたかった山陰に自分で運転して行って、厳選した宿に泊まったのだと得意げに言っている。
 言われてみれば、夫は何につけてもこだわりがあるような気がして来た。

 だが今の私は、夫のこだわりには関係なく、肉体酷使のドライブ旅行がとりわけ気に入っている。そしていつまで行かれるかの体力勝負を生きがいにしている。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧