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「800字文学館」

クロマニョン人がやってきた

首藤 静夫

 クロマニョン人に会いに、上野の国立科学博物館に行った。
 現在開催中のラスコー展である。ラスコーは地図で見るとフランス西南部で、ボルドーから東へ二百数十キロの渓谷だ。クロマニョン人が各地で描いた洞窟壁画の中の最高傑作とされる。劣化防止のため、現地の洞窟は封鎖されている。この展覧会は見のがせない。
 クロマニョン人は、私たちホモ・サピエンスの古い祖先の一つで、約4.5万年から1.5万年前にヨーロッパに広く住んでいた。最後の氷河期にあたる。主にトナカイを追って生活していたようだ。この展覧会はウェブサイトでも丁寧に紹介されている。一番の見どころは、実物大に復元された洞窟内部の構造と壁画だ。照明を落として中を暗くしたり、壁画の線刻部だけ光らせてビジュアルにしたりと工夫している。復元は洞窟の主要部だけで、実際には全長二百米というから驚く。
 壁画は居住空間に描かれたものと思っていたが、壁画のための専用の洞窟だった。飢餓や寒さで生死もおぼつかない中、多くの壁画を描いたのだ。真っ暗な洞窟内に動物油の灯りをつけ、梯子をわたし、猛獣に遭遇する恐怖に耐えながら絵を描いた。その理由が解明されていないとか。
 それにしても壁一面の、動物たちの躍動感に満ちた絵はすばらしい。写実的なだけでなく、必要なデフォルメを施したり、岩の凹凸をうまく利用したりとその芸術センスに驚かされる。

 ラスコーの壁画が描かれた約2万年前、日本列島にも人類の足跡がある。ただ、列島の酸性土壌の中では壁画は残りにくいのか見つかっていない。しかし、世界最古の土器の一つ、縄文土器が出土している。1万6千年以上も前のものだ。人類の祖先は同じころ、洋の東西で頑張って生き抜いていたのである。
 一説に、最古の日本列島人とクロマニョン人とは類縁関係があるとか。どちらも多くの民族の中で、最も感性が豊かでバランスがとれているそうだ。我田引水のお説でないことを願う。

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