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「800字文学館」

異文化との距離

安藤 晃二

 サッチャー首相の頃、家族でロンドンに住んだ。小一の息子がビッグ・ベンと議事堂に感動して、その絵を描き、通信教育の冊子の表紙になった。その後、子供は英国の学校、文化に急速に馴染んで、英語達者になる。家で、「機関車ジョージ」の英語の物語を親に日本語で聞かせたりした。子供は自然に壁を崩す能力を持つ。その後の転勤を経て、息子は中三から大学迄アメリカで教育され、いま米国籍を持つ。自ら異文化との距離を縮める決断をした。彼の英語発音には、今でも「英国」が残ると米人が言うのは興味深い。

 我同世代の、英語への反応も面白い。「おい、アンディー(私のロンドンでの呼名)、そこはクエウエだぞ」、同僚が叫ぶ。”Queue”と立札がある。「キューだね。解った」。私も列に「並ぶ」。彼は至る所でそのサインを見つけ、相好崩して「クエウエ」と声に出して高笑いをする。見慣れない英語を楽しむ、彼のユーモアが痛快だ。次なるご執心は、ウースターソース (Worcester sauce)かな。

 ニューヨークも東京も、人々は常識で並ぶ。大阪は並ばない。文化が違う。あの梅田の朝の御堂筋線の大混雑、マイクによる懇切な乗降客誘導は感動的でさえある。サウジでも人々は、座席確認済の搭乗券を手に飛行機へ「殺到」する。突然の要人の出現で、席を召し上げられるのも理由の一つだが、とにかく殺到する人種なのだ。ここでは、着席したら乗務員の視線を避け、下を向いて離陸を待つのが賢明だ。

 国境では、日本人が「海草」を食べる人種である事が異文化由来の問題を引起こす。別送便のことでニューヨーク税関から呼出された。土産の「えびすめ」が開封され、税関吏が表裏を確かめ、臭いまで嗅ぐ。お茶漬けの説明など通じる訳がない。這う這うの体で一枚食べて見せたらなんなく決着。友人の子供は、母親から持たされたおにぎりを、周りから「爆弾だ!」と怖がられたとか。

 異文化との、やむを得ない距離。その緊張感を保ちつつ、今日も地球は回る。

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