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「800字文学館」

『四季法隆寺』に思う

藤原 道夫

 11月中旬に法隆寺を中心として斑鳩の里を訪ね、その時に感じたことを「またも斑鳩へ」の一文にまとめた。事実は詳しく書けず、感じたことをストレートに表した。発表を終えてから、以前に法隆寺の写真集を求めたことを思い出して乱雑になっている自室の本棚を探したところ、『四季法隆寺』という冊子を見つけた。これは「トンボの本」(新潮社)シリーズとして刊行されている中の一冊で、1986年(昭和61年)発行。
 ページをめくると数葉の写真に見覚えがあった。改めて驚いたのは錚々たる作家・歌人の文が載っていること。いくつか挙げると、高浜虚子「斑鳩物語」(明治40年)、亀井勝一郎「金堂の春」(昭和13年)、会津八一「自作小註」(昭和17年)、里見弴「白い砂土道」(昭和32年)、井上靖「法隆寺ノート」(昭和46年)など。これらの文章を予め読み込んでいれば、通り一遍の斑鳩散策記なぞ書く気が起こらなかったかもしれない。だが考え直すと、努力して自分なりの体験記をまとめたことにより、上に挙げた文章が一層深く心に響くようになっているといえる。

「斑鳩物語」のなかで虚子は夢殿近くの大黒屋という旅籠に泊まった時のエピソードを書いた。そこはその後法隆寺を訪ねた多くの学者・文人が利用したそうだ。昭和40年代に私も泊まった。周囲は田畑だった。時代は変わり旅館から次第に客足が遠のいて古い棟は廃屋となり、今は別館のみ営業している。
『四季法隆寺』には、こぶし、菜の花、れんげ、百日紅、すすき、柿の木、更には稲刈り、野焼きなどの風景を取り込んだ法隆寺の写真が載っている。年号が平成となる頃から、これらの田園風景は一変した。宅地化の波が押し寄せ、車の往来も多くなっている。そんな中で法隆寺の伽藍は、多少の変更はあったにしろ、1300年前の姿を留めている。
 本をめくっていると、次の歌が目に留まった。

   斑鳩のみ寺めぐりてたまきはる  現し我命の流るる愛しも

吉野秀雄

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