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「800字文学館」

コマーシャルにみる世相

皆川 和徳

「歌は世につれ、世は歌につれ」と云う。多くの人達の間に流行する歌謡曲は、その時々の世相を表し、時代の変化を敏感に先取りする。そうであれば、毎日夥しくオンエアされるテレビコマーシャルも、その時代の空気を色濃く反映し、多くの消費者の心情を、掬い上げていると云える。

 1969年、一世を風靡したコマーシャルがあった。車が猛スピードで疾走し、風圧であおられたスカートの裾を、当時の人気モデルの小川ローザが押さえて、「オー・モーレツ」とつぶやくものである。スポンサー企業の印象は薄いが、子供まで「オー・モーレチュ」などと口にする流行語となった。「モーレツ」は高度成長期の象徴的な言葉であった。現に「もーれつア太郎」という赤塚不二夫の漫画も同時期にヒットした。前年の1968年には、山本直純が大合唱を指揮する「大きいことはいいことだ!」というコマーシャルもヒットした。「モーレツ」も「大きいことはいいことだ」も高度成長期の楽観的な世相を、鮮やかに切り取ったコピーであった。
 一転して翌1970年、富士ゼロックスが「モーレツからビューティフルへ」という有名なコピーのコマーシャルをうった。1969年の「モーレツ」から1970年の「モーレツからビューティフルへ」のわずかな時間のかすかな変化、その小さな予兆を、鋭敏なコマーシャル制作者が嗅ぎ取ったのであろう。

 日本の経済は、小さな循環的変動を繰り返しながら、オイルショックに到るまで、全体として高度成長を続けていった。旺盛な需要を背景とした高度成長期の20年間、日本全体に「豊かになる」という共通の欲求があった。今思えば不思議ではあったが、熱気を帯びた幸せな時代でもあった。
 現代はその頃とパラダイムが全く変わってしまっているのに、コマーシャルの作り手の大手広告代理店が、いまだ、高度成長期の亡霊のような価値観の企業体質で、生きていたことを最近知って驚いた。

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