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「800字文学館」

正月の社員食堂

斉藤 征雄

 昔、私の勤める会社にも社員食堂があった。福利厚生施設だから、社員は食材費などを負担するだけなので安くて有り難かった。
 定食、カレー、らーめん、うどん、そばだけのメニューだったが、味はまあまあ。それにテーブルには日替わりで、たくあん、きうりの一夜漬け、かぶの浅漬けなどがどんぶりに入れて置いてあり食べ放題なのが人気だった。
 いつも満員の盛況で、席を確保するのに苦労する状態だった。それに、同じビルに入っている数社が共同で運営するシステムだったので、見知らぬ他社の社員が混在していた。だから、皆でゆったりランチを楽しむという雰囲気はなく、混雑の中で一人あたふたと飯を掻きこむことが多かった。

 昭和五十年代の一月、正月気分が残るある日のことだった。
 昼休みのチャイムが鳴り、いつものように食堂へ。日ごろに輪をかけて超満員だった。プレートをもって席の空くのを待っている人もいる。私もその後ろに並んだ。
 ようやく柱の陰の席が一つ空いたのでやれやれと座る。女性が三人、何やら正月の出来ごとのおしゃべりをしながら食べている。他社の人らしく知らない顔である。
 早速テーブルの上の、今日の日替わりおかずに目をやると、なんといくらの醤油漬け。信じられないと思ったが、正月だからなと納得し、添えてあるスプーンで山盛りにすくってご飯の上へどばっ。もうひとすくいどばっ。

 刺すような異様な空気を感じたのは、その時である。目を上げると、女性三人の視線が私の手元にじっと注がれている。さきほどのおしゃべりは、既に沈黙に変わっていた。
「えっ? …あっ!」。すると女性の一人がすかさず「どうぞどうぞ、遠慮なく」と言ったのだ。私は耳を疑ったが、自分が犯した過ちを瞬時に理解した。思えば、容器がいつものどんぶりではないことに気付くべきだったのだ。

 その後その人達とは時々顔を合わせたが、軽く会釈するといつもあの時を思い出したような笑顔が返ってきた。佳き時代の思い出である。

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