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「800字文学館」

ラスコーとクープ・デュ・モンド・フランス

志村 良知

 ラスコーに行ったのはフランスワールドカップの最中だったので、もう20年ほど前のことになる。営業職の役得で得たマイレージ只券でボルドーに飛び、レンタカーを借りた。受付の女が、たかがプジョー205を貸すのに「事故を起こしたらあんた弁償しきれないよ、保険に入りな」と差別的に脅してきた。

 ボルドーからラスコーへは、うねうねと蛇行するドルドーニュ川沿いの楽しいドライブである。途中、竹藪を見かけ、蝉の声を聞いたが共にヨーロッパでは初めての経験だった。
 川に沿って先史時代の遺跡が散在し、ラスコーはその一つで、近くにモンテナックという小さな町がある。ガイドブックによると、ラスコーの複製洞窟であるラスコーⅡへの入場手続きは、ここの観光案内所で執ること、ラスコーに直接行っても入れない、とある。町の至る所に跳躍する牛のオマージュがあった。
 翌日、チケットを持ってラスコーへ。本物の洞窟は密閉されて埋められ、「世界遺産ラスコー洞窟」の看板が無かったら単なる雑木林である。少し離れた所に実物大の複製洞窟ラスコーⅡがある。凹凸や壁画の誤差は数センチ以内という精密な物で、チケットで指定されたガイドツアーで入る。内部は洞窟は勿論、見学通路の床の凸凹も生々しく、これが複製だということはしばし忘れてしまう。「複製を見てもしょうがない」などと見もせずに言ってはいけない。

 この旅の途中、ブラジルとの決勝戦があった。その日リモージュ郊外の古城ホテルに着くと、ディナーは5時からと宣告された。ホテル自慢の広大な庭園に面したテラスでピーカンのディナーの後、ロビーに泊り客やバーの客や従業員が集まってパブリック・ビューイングになった。
 試合はジダンの活躍でフランス優勢に進み、終了間際のプティの3点目の瞬間、歓喜の爆発とともにシャンペンがポンポン抜かれグラスが配られた。宴は続いたが、終始秘かにブラジルにシンパシーを抱いていた我々はそこそこで退場した。

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